邂逅 カイコウ
〜供王編〜
Written by Shia Akino
注:クラブレケリーが十二国にトリップ!
 恭州国首都連檣――間口の狭い小さな店がごたごたと立ち並ぶ通りの片隅で、頬に手を当て溜息をつく少女が一人。
「困ったわ……」
 右を見て、左を見て、来し方行く末をぐるりと見渡し、もう一度溜息。
 恭州国国主蔡晶は今現在、紛う事無き迷子だった。
 自身の治める国内、それも霜楓宮のすぐ足元、首都連檣で迷子など失笑ものではある。だが、奏の放浪太子やら雁の放蕩国主やらと違い、十数年ぶりの下界なのだ。
 地図は頭に入っているが、地図というのは主に道を俯瞰で描いてあるもので、実際地に降り立てば建物が邪魔で見通しなど利かないのを失念していた。当たり前の事なのだが。
(走り回ったのがいけなかったのよね、やっぱり)
 お忍びの下界など本当に久しぶりで、だからといってはしゃぎ過ぎた訳ではない。お目付け役を振り切ろうとしたのだ。
 一度自分の居場所を見失うと、地図などは目印になる建物にでも行き会わなければ役立たずだし、十数年前のおぼろげな記憶は地図以上にご同様。完璧に迷子だ。
 珠晶は三度目になる溜息を吐いた。
 護衛にと付けてくれた使令は影の中にいる。聞けば供麒の居場所は分かるだろうが、ぐずぐずとうるさいお目付け役に助けを求めるのは癪である。
 最終的に宮まで戻ればいいのだ――と、珠晶は早々に開き直った。
 凌雲山だけは何処にいても見えるから、帰るだけならなんとかなる。
 そうでなくてもいずれお目付け役が追い付いて来るだろうし、それなら勝手に楽しんでしまうのが得策だ。
 とはいえ、一人歩きはうまくない。
 当初の予定では、お目付け役を撒いたあと、広途(おおどおり)沿いの店をひやかして歩くつもりだった。
 ところが、いまいる場所は明らかに広途ではない。賑わっていはいるが下町の類だ。
 珠晶はどこからどう見ても十二の小娘に過ぎないのだし、裕福な商家の娘を装っているから、良からぬ事を企む者が決してないとは言えなかった。あの奏国だとて犯罪を皆無には成し得ない。
(そうね……あの人にしましょう)
 陰形したままの使令では抑止力にはならないから、とにかく誰か大人の人と連れになる必要がある。
 珠晶は目をつけた長身の後姿に声をかけた。
「ねえ、貴方」
 聞こえなかったのか、自分だと思わなかったのか、男はのんびりと歩を進める。
「ちょっと、ねえってば」
 珠晶は慌てて小走りに追った。背の高い男は歩幅が大きく、付いて行くのも一苦労だ。
「そこの貴方よ、独活の大木!」
 後ろから声をかけたとき、大抵の人は振り向いてから視線を落とす。だが男は、声の位置を聞き分けたのか、立ち止まって振り向くと真っ直ぐに珠晶を見下ろした。
(――あら、いい男)
 ちょっと見ないほどの美貌である。大変な二枚目だ。
「俺か?」
「そう。ねえ、貴方――この辺りには詳しい? 頼みがあるんだけど」
 男はごく自然にしゃがみこんで珠晶と視線を合わせた。珠晶は自分の強運を信じていたので、やっぱりね、と少し笑う。無意識にこういう事が出来る人なら、悪い人ではないだろう。
「この辺りには路銀を稼ぐのに十日ばかり居ただけだから、詳しいとまでは言えないだろうが――なんだ?」
 首を傾げる男の琥珀の瞳を間近にして、この人なら大丈夫、と珠晶は改めて笑みを浮かべる。
「美味しい甘味処とか、小間物屋さんとかに案内して欲しいの」
「――俺が?」
 男は訝しげに眉を寄せた。それはそうだろう。そういう頼みなら、同じ年頃の娘か、せめて女性に声をかけるべきである。
「そう、貴方が。――路銀を稼いでるって言ったわね? 報酬は相談に応じるわ」
 裕福な商家の娘のような格好をしているから、報酬の話も絵空事には聞こえないはずだ。我が儘なお嬢様の気まぐれを装って、珠晶は護衛と連れを手に入れるつもりだった。
「なんで俺か、聞いてもいいか」
 なおも訝しげに男が問う。
「あら。いい男を連れ回すのは乙女の夢よ?」
 澄まして言った途端、男は小さく吹き出した。
 ませた台詞を言ってみた十二の小娘に対する配慮は皆無だが、男の笑顔は珠晶の気に入った。冷たく見える美貌だが、笑うと愛嬌があってとても可愛い。
 齢百歳を超える小娘は、にっこり笑って男を見上げた。
「あたしは珠晶。貴方は?」
「――炯悧」
 それが二人の出会いだった。



「つまり――炯悧は珠晶にナンパされたわけだ」
 呆れたように言って六太は桃饅頭を頬張った。
 大規模な橋梁工事に雁の技術者を貸し出す話があって、いちいち文をやり取りするよりおまえが行って話を詰めてきた方が早い、と尚隆に命じられ――じゃあ自分で行けよオッサンとは思ったが命じられては逆らえず――霜楓宮へ赴く事になった時、炯悧が同行を願い出たので連れてきたのだ。まさか知り合いだとは思わなかった。
 炯悧は少し首を傾げて何事か思案した後、否定の言葉を口にする。
「いや、正確にはナンパされたわけじゃねぇな」
「ん?」
「買われたんだ」
「んぐっ!!」
 饅頭を喉に詰まらせて身悶える六太をよそに、珠晶はパチンと手を打って笑みを浮かべた。
「ああ、そうよね! ちゃんと報酬渡したもの」
 あの時は助かった――いいえこちらこそ――笑みを交わす二人の脇で、供麒が一人うろたえて六太の背をさすっている。
 雁国宰補の命の危機などどこ吹く風、珠晶はことりと首を傾げた。
「それで、あの後はどうしたの? 芳に行くって言ってたわよね?」
「ああ、行ったぜ。禁軍に協力して妖魔を狩る羽目になってな。しつこく勧誘されるんで、逃げてきた」
 あっけらかんと告げる炯悧にくすりと笑い、珠晶が茶器を取り上げる。
「まったくもう。しょうのない子ね」
 六太はようやく饅頭を飲み込み、お茶に口をつけたところだったので、今度はそれに思い切りむせた。
 ――なんだその、やんちゃ坊主を嗜める母親のような物言いは。
 でも無事で良かったわ、と尚も母親のような台詞を口にして、手ずから炯悧の器にお茶を注ぐ恭国国主。あんまり無茶しちゃ駄目よ――と、これも母親のような言葉が続いた。
 九十年の治世を誇る女王といえど、外見は十二の小娘である。子ども扱いされて気分のいいものではなかろうに、炯悧は気にした風でもない。
 不意を衝かれたので吹いたけれども、これはちょっと面白いかもしれない――六太は思って、いずれ尚隆を同席させようと心に誓った。


―― Fin...2008.12.12
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 仲良し親子――親→珠晶・百歳超、子→ケリー・七十歳超――のような関係のおふたり。
 珠晶ならケリーを可愛いと思ってしまえると思うの! ていうか子ども扱いも許す!(←何様)
 “独活の大木”はともかく“ナンパ”は十二国の言葉としてはかなり違和感ありますが、見逃してくださいませ……。実は“二枚目”も変だと思う。

  元拍手おまけSS↓
 
 珠晶と炯悧が並んで歩くのは至難の業だった。
 なにしろ歩幅が違いすぎる。
 炯悧は一歩進むごとに珠晶が追いつくのを待っているような有様で、あんまり歩き難そうなので珠晶は一計を案じた。
「炯悧」
 声をかけ、両手を差し出す。
 ――抱っこ、という仕草である。
 炯悧はちらと笑って素直に珠晶を抱き上げた。腕に座らせてそのまま運ぶ。
「なんだか娘が出来た気分だな」
 楽しげに笑って炯悧が言った。こころなしか足取りも軽い。
「あら、そう?」
 いくらか浮き立った様子の炯悧が可愛く思えて、珠晶はくすりと笑いを漏らす。
「あたしは自慢の息子を見せびらかしてる気分だわ」
 高い位置から見下ろす街は格別で、道行く人の視線がまた心地良かった。
 いい男を連れ歩くのが乙女の夢、というのもあながち嘘ではない。珠晶の外見が妙齢の女性ではなく、嫉妬や羨望といった負の感情を向けられない分、純粋に楽しい。
 通りすがりの女性を呼び止めてお勧めの甘味処を聞き出すと、二人は仲良くそこへ向かった。
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