―― 祈望 キボウ
Written by Shia Akino
 墓前に花を手向けるように、鮮やかな黄色の傘を一つ。
 あの頃の自分のために。

 奇妙な形をした山のような岩の間を、ゆったりと霧が流れていく。
 苔の緑と、小さな白い花。
 薄墨を流したような景色の中に、鮮やかな黄色の傘が一つ。

 もう今はあの頃のように、狂おしいほどの望郷の念に駆られることはない。
 帰りたいと思うことは、もうない。

 時々、年を取ったと笑いたくなる。若かった自分を惜しむ気はないけど。

 ――ただ、今は。

 戻りたいと望むのではなく、戻れたらと願うのでもなく。ただ、いつか――と。

 この世界で生きて。年老いて、いつか。

 いつか時が来たら、あの美しい場所に逝けるだろうかと、そんな風に思う。

 戻れるだろうかではなく、行けるだろうかと、そう思う。



 墓前に花を手向けるように、鮮やかな赤い傘を一つ。
 この世界での彼のために。

 白く煙った視界の中に、奇岩の影が黒く滲んだ。
 どこか遠くで、滝の水音。
 静謐に囲まれた淡い景色に、鮮やかな赤い傘が一つ。

 自分は人ではないのだと幸せそうに言った彼は、今頃どうしているだろう。
 笑って見送ってやれなかった事を、あれからずっと後悔している。
 あの時だって、彼の平穏な未来を願っていたのに。救いたかったのは本当なのに。

 ――今はただ、思う。

 あの静かな目をした優しい獣は、望んだ場所に戻れただろうか。

 戻りたかった誰かの隣に、辿り着くことは出来たのだろうか。

 知る術など有りはしないけれど、幸せであればいいと、そう思う。

 追われるように帰った彼が、こことは違う遠くの世界で、どうか幸せであるように――ずっとそう、願っている。

―― Fin...2004.07.06
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祈望:祈り願うこと。強く願望すること。
 詩かよ、おい。……みたいな(笑)
 上がりっぱなしの株を、最後の最後で地の底まで叩き落とした(かもしれない)広瀬先生ですが、私は結構好きです。
 言わずにいられなかった気持ちも、言ってしまった痛みも分かる気がするから。
 きっとあの後、ものすごい自己嫌悪に駆られたんだろうなぁとか思う。いつまでも後悔と一緒に思い出して、高里くんの幸せを祈っていてくれるでしょう。
 泰麒にとっては辛いことばかりが多かった蓬莱で、いつまでも忘れずに幸せを祈ってくれる人が一人くらい居るのも悪くないと思うのですが……どうでしょう。

 実はこれ、新婚旅行中という裏設定があったり。
 何してるんだろうと思いつつ、何も聞かずに見守っていてくれるできた奥さんだったり。
 晩婚で、かなり年下の奥さんだったり。
 なんだそりゃ、って感じですが、なんかそんなイメージ(笑)
 ロライマ山には行ったと思うんですよね。ただ、あの直後か年取って落ち着いてからかは私の中でもはっきりしてないんですけど。
 今回は年取ってからということで。
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