―― 再見 サイケン
Written by Shia Akino
無題の書庫」の「未申」が前提になってます。
これだけ読むと意味不明かと思われます。
「駄文置き場」の恭州国にありますので、ぜひぜひ。
 房室に踏み込んできた男をみとめて、牀榻に横になっていた頑丘は思い切り顔をしかめた。
 いったいどこで聞きつけてくるんだか、居場所を知らせたわけでもないのにこうしてひょっこり顔を出す。そうして顔を合わせるのも、片手では数え切れない程度の回数にはなっている。
「やあ、久しぶり。大怪我したって聞いたけど。大丈夫?」
 初めて会ったときと全く変わらない顔がのほほんと笑った。人当たりのいい笑顔だが、相当に食えない奴だと、頑丘は利広をそう認識している。
「大丈夫かって? 見ての通り生きてるさ。何の用だ、利広」
「用がなくちゃ来ちゃ行けないのかい、冷たいなぁ。私と君の仲じゃないか」
「……どんな仲だ」
 憮然とつぶやくのを無視して椅子を引き寄せる利広に、頑丘は低い声で問うた。
「……何で俺は生きてるんだ」
「さあ。運が良かったんじゃない?」
 あっけらかんと答える端整な顔を睨み付ける。
「運が良かった――だと?」
 目の前に妖魔の爪を認めたとき、ああこれは死ぬな、と思ったのだ。ざっくりと腹を裂かれた感触さえ生々しい。常に危険と隣り合わせの仕事柄、怪我の程度は自分で分かる。決して助かるような傷ではなかった。――仙でもなければ。
 剣呑な目つきで睨み付けてきた頑丘に、利広はたじろいだ風を装って――さすがに五百数十年も生きていると、この程度でたじろぐような繊細な神経は摩滅してしまっている――目を逸らす。
「うんまあ、君が思ってる通りだとは思うけどね」
 心当たりといえば一人だけの筈で、実際それは間違っていない――間違っていないということを、実をいえば利広は知っていた。それも十数年前からだ。そんなことを知られたら、怒りの矛先がこちらにも向けられるのは間違いないので、とりあえず困ったように微笑んでおく。
「……あんの餓鬼ぁ、ただじゃおかねぇ」
 一国の王をガキ呼ばわりする頑丘に苦笑して、利広はあの夜のことを思い出す。

 十四年前――供王が黄海で選定を受けて蓬山に登り、蓬廬宮へ入ったその日のことを。



 蓬廬宮での王の滞在場所である丹桂宮を訪れた利広に、頑丘の言い分を聞かされた珠晶は怒るよりもまず呆れてしまった。
「なにそれ……お礼も言わせないつもりなの、あの男?」
「そのようだね」
 利広はいつもと変わらない笑みを浮かべて珠晶の反応をうかがっている。その細められた瞳に意外なほど真摯な光が湛えられているのには気付かず、珠晶は唇を咬んであらぬ方を睨んだ。信じらんない、と小さくつぶやく。
 いますぐ行ってひっぱたいてやりたかったが、そんなことは許されない身分になってしまった。こんな夜更けに無理矢理にでも外に出ようとすれば、女仙の団体サマが付いてくるに決まっているのだ。
 衆目の中で恩人をひっぱたくような真似は、王として出来ない。
 頑丘の言い分はもっともだった。
 そもそも珠晶は、頑丘が膝を折って自分に叩頭するところなどを見たいわけではない。ただ、傍にいてくれれば心強い事は確かだ。王宮で護衛に雇いたいと言った時は冗談のようなものだったけど、改めて頼んでみようとは思っていた。
 なんとなく――頷いてはくれないだろうとも思っていたけれど。
「……だからって頼ませてもくれないなんて……」
 あんまり酷い仕打ちだと思う。
 けれども、今この時自分が頑丘のもとに赴けば、彼は自分に礼をとる――そうせざるを得なくなるのは確かだろう。それは本意ではない。
 恭に下って後、王として下官に探させることも出来るだろうが、それでは結局同じ事だ。間違いなく大事になる。
 珠晶は瀟洒な彫刻を施された黒檀の卓を、その小さな拳で力一杯殴りつけた。――思ったより痛かったので余計に腹が立つ。
「でもだからって、許せないわ、そんなの!」
「許せないなら――どうする? 出立を阻止するかい?」
 利広の台詞は、いつもと同じのほほんとした口調なのにどこかひんやりとしていた。珠晶は我に返ったように何度か瞬いて、そんなことしないわ、と答える。
 確かに勝手に縁を切ろうだなんて許し難いことこの上ないが、だからといってそれでは跪かせるのと同じ事だ。頑丘は絶対に怒り狂う。怒られるだけならまだいいが、きっと一生許してもらえないだろう。それはごめんだ。
 ひりひりする拳を撫でながら天井を見上げ、ゆっくりと視線を床に落として、珠晶はしばらく考え込んでから利広を見上げた。
「ねえ、利広。仙籍の管理は王の仕事よね?」
「そうだね」
「本人に内緒で仙籍に載せることは出来るかしら?」
「さあ? 王じゃないから分からないな。頑丘を仙にするつもりかい?」
 明らかに面白がっている口調に、珠晶は晴れやかに笑ってみせる。
「ええそう。良い考えだと思わない?」
「うーん……。怒るんじゃないかな、やっぱり」
「もちろん怒るわね。それが狙いよ」
 どういうことだ、と首を傾げた利広に、珠晶は少々ひねくれた笑いを返した。
「年を取ってまず衰えるのって体力でしょう? ああいう仕事だから鍛錬とかって怠らないでしょうし、大きな怪我さえしなければ、自分が仙だなんてこと十年や二十年は――二十年はさすがに無理かしら? 気付かないと思わない? その頃にはさすがにほとぼりも冷めてるだろうし――」
 かわいらしく首を傾げてにっこりと、極上の笑顔で珠晶は告げる。
「怒鳴り込んでくるのを待ってるわ」
 目を丸くした利広に軽く肩を竦めてみせて、これくらいの意趣返しはさせてもらったって罰は当たらないわよね、と続けた。
「二十年ね……気の長い話だ」
 笑い含みの利広の台詞に、珠晶はつんと澄ましてみせる。
「当然よ。そうでもないと王様なんてやってられないものだと思うわ」
 利広は高らかに笑って、確かに、と頷いた。やっぱり大したお嬢さんだ――と思いながら。



 苦虫を噛み潰したような頑丘の顔を眺めて、利広はひっそりと笑った。
 どうやら珠晶の思惑通りに事は運びそうだ。怪我が完治したら、頑丘はまず間違いなく恭に向かうだろう。――霜楓宮に。
 一般人が――それも黄朱が――王に会うのはそう簡単なことでもない。珠晶との縁を切る気はないと明言してあることもあるし、頑丘は利広に協力を求めてくるだろう。身分を明かす気はないが、求められれば協力するにやぶさかではない。
 それから先は二人の話だ。たとえば改めて違う道を行くにしても、双方にとっていい別れ方というのもあるだろうから。
 何を笑ってる、と不機嫌に問うた頑丘に何でもないよと返して、二人の対面はとても見たいけどやめた方がいいかなぁと、利広はそんなことを考えている。

―― Fin...2004.06.07
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 再見 : 再び会う。再会。
 十二国記シリーズのどれが一番好きか――「図南の翼」です。ズバリ。
 珠晶はかっこいいし、利広も頑丘も魅力的。そして「東の海神〜」を覚えていれば、誰でもただ一言で本気で泣くかと思わされるのではないでしょうか。
 頑丘には恭に行って珠晶を助けてあげて欲しいのですが、本編ではそこまで書かれておらず、たぶん断っちゃうんだろうなぁ、と漠然と思っていたのですが。
 「無題の書庫」の「未申」が答えをくれたような気がしたのです。
 漠然としか捉えられなかったものを、説明してくれたような感じでした。でもそれじゃああんまり寂しいので書いたのがこれ。
 ミナコさま、ありがとうございました。
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