―― 夏企画:肝試し大会
Written by Shia Akino
リィ&ファビエンヌ シェラ&ハンス レティ&ヴァンツァー連邦大学で肝試し大会の企画が持ち上がった。さて、それぞれの反応は? 多少設定に無理があるのは大目に見て下さいませ。 ジャスミン&ケリー ジンジャー&ダイアン ダン&ルウ
リィ&ファビエンヌ
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「肝試し?」 夜に校内を一周する企画で要は度胸試しだ、との説明を聞いて、ヴィッキー・ヴァレンタインは心底不思議そうに首を傾げた。 「夜の校舎を歩くだけ? それって度胸試しになるのか? 夜盗が出るって言われてる所を、夜に一人で通るとかならまだ分かるけど」 “夜盗”をつい“雇う”と変換してしまったファビエンヌは、一拍を置いて溜息をついた。 普通の生徒は夜盗とは無縁だ。というか、一般市民ならばまず咄嗟には出て来ない単語である。 目を白黒させている企画係に憐れみの視線を投げて、ファビエンヌはもう一度溜息をつく。 ――言うとは思っていた。 普通の生徒は暗闇がそもそも怖いんだと言っても、この子にはきっと理解出来ない。 見えないだけだろう、とか言いそうだ。 耳も鼻もあるじゃないかとか言いそうだ。すごく。 「ねえ、ヴィッキー。前から一度聞いてみたかったんだけど、あなたにも怖いものってあるの?」 呆れ気味にそう問えば、そりゃあるさ、と少年は頷いた。 「大事な人たちが、おれの知らないところで酷い目に遭うのはすごく怖いな」 厳しい光を瞳に浮かべて、それが俺のせいだったりしたら最悪だ、と苦く笑う様子は、少女のような容貌に反して精悍な男のものだった。そもそもが十三歳の男の子に言える台詞ではない。 ファビエンヌはちょっと焦った。頬が熱いのを誤魔化すように、声が少し高くなる。 「し、知ってるところならいいわけ?」 「知ってれば守れるだろう? 助けにも行ける」 なんだかもう……殺し文句だ。 ファビエンヌは眉間に皺を寄せてしばらく考え込んでいたが、これだけは言っておこうと口を開いた。 「ヴィッキー、あなた――そういう事は、好きな子以外の前では言わない方がいいわ」 「ファビエンヌのことは好きだけど?」 「そういう意味じゃなくて!」 きょとんと瞳を瞬かせる少女のような少年は、自身の容姿の威力をまったく全然分かってない。綺麗な上に男としても頼り甲斐があるとなれば、年頃になったら相当苦労するに違いない――主に周りが。 何しろこの言動である。口説き文句やら殺し文句やらを無意識にぺろりと口にしそうだ。怖い。下手な肝試しよりよっぽど怖い。 ファビエンヌは遠くない未来に思いを馳せ、深い溜息を吐いて首を振った。 シェラ&ハンス 「肝試し、ですか?」 夜に校内を一周する企画で要は度胸試しだ、との説明を聞き、シェラ・ファロットは見事な銀髪を揺らして首を傾げた。 「校内にトラップでも仕掛けるんでしょうか?」 目を丸くした企画係が慌てて首を横に振ると、今度は反対に首を傾げる。 「そうすると、なにで度胸を試すんでしょう? 夜とはいえ校内に不審者が侵入するとは思えませんし……」 ハンスは苦笑して考えた。そういう物理的な恐怖とは別物なのだと、どうやって分からせればいいだろう。 なにしろこの銀色の天使は、綺麗な外見に反して一筋縄ではいかない子なのだ。見た目はまるっきり女の子だが。 「シェラ、君は学校の七不思議を聞いた事ある?」 「ありますけど?」 何の関係があるんだろう、という顔だ。 「怖いとは……思わないんだね」 「不思議な事もあるとは思いますけど、夜中にひとりでにピアノが鳴っても私はべつに困りませんし」 いや、困る困らないの観点で語られてもこっちが困るのだが。 「じゃあ、そうだな……幽霊はいると思う?」 「それは、いきなり現れたり向こう側が透けていたり首だけだったり足がなかったりするような方々の事でしょうか」 いくらなんでも幽霊相手に“方々”はないだろうと思いつつ、ハンスは頷く。 「でしたら、います」 怯えるでもなく、シェラはきっぱりと断言した。肝試しなどに参加したら悲鳴を上げて同行者にしがみつくのが似合いのくせして、豪胆な事である。 ハンスは深い溜息を吐いて、君は参加しても面白くないかもね、とぼやいた。 レティ&ヴァンツァー 「肝試し?」 夜に校内を一周する企画で要は度胸試しだ、との説明を聞いて、レティシア・ファロットはきらりと目を光らせた。 「へえ、面白そうじゃん。途中にトラップがあったりするんだろ?」 ぽかんとした企画係に何を思ったか、レティシアは罠の種類を列挙した。 「かすみ網とかトラバサミとか落とし穴とか――」 レット、と呆れたような声が割って入る。救世主の登場かと思いきや、ヴァンツァー・ファロットは大真面目にこう言った。 「校舎内に落とし穴は掘れないだろう」 「ああそっか。んじゃあ、どっか触るとナイフが飛んでくるとか?」 いいかもな、とヴァンツァーは頷いた。 だが、普通ナイフは飛ばない。少なくとも連邦大学では飛ばない。あるのはせいぜいダーツくらいで、それだって矢先はプラスティック製が主流だ。そもそもなんだって肝試しでトラップなのか。 「人は使えるのか? 待ち伏せ出来れば確実なんだが」 「なんだヴァッツ、襲う方やるつもりかよ」 つまらなそうにレティシアは口を尖らせたが――襲うって何なのだ襲うって。 肝試しでやるのは、せいぜいが脅かすくらいである。襲ってどうするのだ――とは、もちろん二人には通じなかった。 ヴァンツァーがあっさりと頷く。 「そちらの方が慣れているからな」 「そりゃそうだけどさぁ、たまにはいいじゃん。舞台作ってくれんだろ? 乗るのも楽しそうだと思わねぇ?」 尚も不満そうなレティシアにヴァンツァーが答えるのを待たず、企画係はこっそりとその場を後にした。 ジャスミン&ケリー 「肝試し?」 今度学校でやるんですって、と聞いたジャスミン・ミリディアナ・ジェム・クーアは、懐かしいな、と言って笑みを浮かべた。 「なんだ女王、やったことあるのか?」 エクセルシオールというお嬢様学校に籍があったとはいえ、通ってはいなかったはずだとケリー・クーアは首を捻る。 軍にいた頃にな、とジャスミンは頷いた。 「当直兵をかわしながら幹部宿舎まで行って、当時の上官の宿舎の壁に悪口を書いてくるというものだった」 「あんたもやったのか」 「やったとも」 翌朝の上官の顔は見物だったぞ、と笑う。 「おまえはやったことなさそうだな」 「ああ、ねぇな」 なにもわざわざそんな機会を作らなくても、ほぼ毎日が度胸試しな日々だったとも言える。 ケリーが頷くと、ジャスミンは少し考えてから立ち上がった。 「よし、一般参加も可能なように学長に掛け合ってこよう」 「おい、俺は別に――って、聞いちゃいねぇな」 なんだかすっかりウキウキしている。 盛り上がったジャスミンはあちらこちらと話し合い、数日後、胸を張ってこう言った。 「海賊。わたしは脅かし役で参加するからな。覚悟しておけ」 ビシリと指を突きつける。 ふっふっふ――と怪しい笑いを残して去っていく妻の背中を、ケリーは呆れて見送った。 どうやら普通の肝試しにはなりそうになかった。 ジンジャー&ダイアン 「肝試し?」 今度学校でやるんですって、と聞いたジンジャー・ブレッドの菫色の瞳が輝いた。 「まあ、楽しそう! 是非協力させて欲しいわ」 いいかしら、いいわよね――一人勝手に頷くと、手元の端末を操作する。 「ちょうど空いてるいいお屋敷を知ってるのよ。会場は校舎じゃなくてもいいでしょう? ちょっと手を加えれば肝試しにぴったりな雰囲気になるわ」 ほら――画面に映し出されたのは、古典的な造りの大きなお屋敷だった。場所も悪くない。 「やっぱり少し改装した方がいいわよね。ダイアン、設計お願い出来る?」 ジンジャーはその場ですぐさま購入手続きに入り、間取りや設備を確認すると通信画面に目をやった。 「任せて」 通信画面の金髪美女は大きく頷き、ホテルの部屋の金髪美女に負けず劣らず目を輝かせて身を乗り出す。 「立体映像も使いましょうよ。私が完璧な幽霊を作ってみせるわ。ジンジャー、投影装置は用意できるかしら?」 「もちろんよ、最新機種を用意するわ。特殊メイクは何人くらい居ればいいかしらね。大道具と小道具も必要でしょう。それから――」 双方共に五十年以上も生きて――ダイアナに関しては稼動して――いるにも関わらず、まるで女学生のような盛り上がり振りである。 実際の女学生であれば、ただの肝試しに特殊メイクや立体映像など使えるわけがないのだが、桁違いの人脈と経験と財産があるだけにまるで歯止めが利いていなかった。 そこに、連邦を代表する大女優に学長を説得する口添えを頼みたい、とジャスミンから外線が入るに至って、事態は完全に企画係の手を離れた。 むしろ学校からも離れた。 こうして、ケリーが危惧した以上に普通じゃない肝試しの企画が始まったのだった。
********* ダン&ルウ 教員に配られた企画書と参加名簿を見て、ダン・マクスウェルは凍りついた。 確か最初の話では学校行事の一環としての、単なるレクリエーションだったはずだ。 夜――とはいってもさほど遅くない時刻、二人一組で校内を巡り、各所に設置されたスタンプを捺して帰ってくるという、罪のない可愛らしい企画だったはずだ。 ――なんだこれは。 だらだらと嫌な汗を流して固まっているダンに、ルウが首を傾げて書面を覗きこんだ。 「…………うわぁ……」 ちょっと引き攣る。 参加名簿を見る限り、大入り満員大盛況だ。ジンジャー・ブレッド協賛との噂が流れたからで、まだまだ続々と参加希望者は増えている。 しかしこれは、企画書によれば肝試しというよりお化け屋敷だった。 いや、お化け屋敷風のアスレチック・ジムかもしれない。 なぜ肝試しでよじ登ったり飛び降りたり突いたり叩いたり避けたり伏せたりしないとならないのか訳が分からないが、謎の出資者(クーア夫妻)の存在もあって、金も手間も充分過ぎるほどに掛かっていた。 もはや“学校行事の一環としての単なるレクリエーション”などとは、とても言えたものではない。 「…………ルウ……」 ダンは片手で顔を覆い、呻くようにルウを呼んだ。 「頼むから……人死にだけは出してくれるなと……」 「うん、言っとく……」 ははは――と乾いた笑いを漏らしつつ、これはこれで結構楽しそうだ、とルウは思う。 絶対行こうと心に決めた事は、ダンが哀れなので言わずにおいた。 後日談 生徒と関係者、及びその招待者限定参加の肝試し大会がつつがなく――ほぼつつがなく――終わりを告げると、会場はそのままクーア系列の会社に買い上げられ、遊興施設として営業を開始した。 上級コースには景品が用意され、クリアすればジンジャー・ブレッド直筆サイン入りブロマイドが手に入り、最速記録を更新すればジンジャー・ブレッドと共に過ごす豪華夕食会にご招待とあって、連日連夜の大盛況である。 生ジンジャーに会うべく奮起した者は数多くいたが、上級コースともなるとクリア自体が相当困難だった。一度や二度のリタイアでは諦めず、休日のたびに通ってくる熱心なプレイヤーもあったが、登録名『リィ』の記録を破る者はついに現れなかったという。 後日談・その2 (原案:福陰さま) 「だめだ。やめなさい」 連邦政府情報局長官アダム・ヴェラーレンは、政府高官の矜持にかけて恐怖を顔に出すまいと努めつつ、通信画面の向こうでむくれている娘に首を振って見せた。 「どうしてよ、パパ。いますごく話題のお化け屋敷なのよ?」 「危ないだろう。何かあったらどうするんだ」 当然の台詞だ、とアダムは自分に言い聞かせた。妊娠中の娘がお化け屋敷に行って来るなどと言い出したら、どんな父親だって止めるに決まっている。場所が大学惑星だからではない。恐怖の大王が住まう土地だからでは、断じてない。 「あら、安全対策はしっかりしてるわ。もちろん上級コースをやってみたいなんて言いません。やるのは初級コースよ」 「とにかく、だめだ。やめなさい」 頑固に首を振ると、娘は呆れたように肩を竦めた。 「そんなに心配なら一緒に来てちょうだい。まずパパが行ってみてよ。初級コースは子供でもクリアできるのよ? 簡単だけど面白いってみんな言ってるんだから」 娘にしてみれば何の気もない台詞だったに違いない。 だがアダムには、それは恐怖以外の何ものでもなかった。 ――大学惑星に行く。 あの、人だかなんだか分からない黒い悪魔のいる場所に。 「…………パパ?」 訝しげな娘の声が、どこか遠くから響いてくる。 政府高官の矜持にかけて表情だけは変えなかったはずだが、付き合いの長い娘には伝わるものがあったらしい。 「パパったら、お化け屋敷に行く前に怖がってるの?」 ほとほと呆れた、という風の娘の台詞に、答える事はできなかった。 文章、画像の無断転載、転用、複写禁止
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