茶会の様相
Written by Shia Akino
 酒類持ちこみ禁止令が出ても、男性陣はお茶会を疎かにはしなかった。
 彼らは妻を愛していたし、酒宴は別に張れば良い。
 そんなわけでその日、王宮の一角ではごく内輪のお茶会が開かれていた。当然のようにケリーも混じって、女性陣――主にポーラお手製のお菓子や軽食に舌鼓を打っている。
「そういえば、ケリー。創立記念祭がもうすぐだろう」
 そう言い出したラモナ騎士団長ナシアス・ジャンペールは、任地が遠いだけにそう頻々と王宮を訪れるわけではない。
 したがってケリーと顔を合わせる機会も少なく、ごく一般的な少年が楽しみにしているだろう話題を持ち出すのに、躊躇はほんの僅かで済んだ。
 創立記念祭はその名の通り、寄宿学校の創立記念日に開催される行事である。
 他級の生徒と仕合ったり、剣と槍の異種競技があったり、ペンタスから劇団や歌姫が呼ばれたりと、なかなかに華やかで騒がしい。
 他の主な面々の予想に反して、舞台はちょっと楽しみだな、とケリーは答えた。
「なんだ、舞台が好きなのか?」
 万事に冷めているかと思いきや、意外と月並みな趣味である。
「昼の公演なぞ子供だましだぞ。今度夜のペンタスに連れて行ってやろう」
 言葉だけなら優しいが、バルロの顔には劇場ではなくいわゆる“悪所”に放り込んでやろうと書いてある。
「バルロさま。ケリーに夜のペンタスはまだ早いと思いますわ」
 苦笑気味にシャーミアンが言えば、ロザモンドが頷く。
「そうだな。おまえのようになられては目も当てられん」
 非難がましい妻の目線に、バルロは不満顔だ。
「ケリーだって困るだろう」
 色事が苦手なナシアスは多少の同情を込めて言ったが、ケリーはにやりと不敵に笑った。
「いやあ、楽しみだぜ?」
 かなり本気だ。劇場でも遊郭でも、ペンタスならば高級である。ひよこの世話より楽しかろう。
 怯みもしないケリーにバルロはつまらなそうな顔をしたが、続くポーラの無邪気な台詞にちょっと慌てた。
「劇場でしたら行ってみたいですわ。公爵様、わたくしも連れて行ってくださいます?」
 ペンタスは他に並ぶもののない歓楽都市であり、確かに健全な劇場の類も存在するのだが、遊郭の国でもある。“夜のペンタス”という言い方には、少々特殊な意味合いがあるのだ。
「あー……夜のペンタスはともかく、だ。記念祭の夜に夜会があるだろう」
 少々強引な感も否めなかったが、国王が話題を元に戻した。
 ポーラがはっとしたように国王を見上げ、恥ずかしそうに目を伏せたので、いったい何事かと全員の視線が集中する。
「我が妻からケリーどのに贈り物があるのだ」
 国王は持ち出した箱を開け、嬉々として中身を広げて見せた。
 出てきたのは、ポーラの手になる美麗な夜会服である。
 ケリーの肌の色を数段明るくした感じの、バタークリームのような色合いの表地。袖口の周りや襟元、合わせには、髪の色に合わせた濃い紫と金の糸で繊細な刺繍が施されている。裏地はやはり濃い紫で、袖口や裾からわずかに見えるその色が全体を引き締めて見せていた。
 充分に豪華だが華美ではなく、むしろすっきりとした印象で、少年の鋭い美貌によく似合いそうだ。
「まあ、素敵!」
 と、シャーミアン。
「へえ! いいんじゃないですかい」
 他人事だけに気楽なイヴン。
「うむ、馬子にも衣装というからな。これを着ればこの小僧も少しは見られるだろう」
 素直に褒めないバルロを小突いて、次にロザモンドが口を開く。
「少しはどころか。きっとよく映えるでしょう」
「ええ、本当に。肌の色が濃いから明るい色にしたのね」
 ラティーナが言えば、その夫が頷く。
「刺繍も大変見事ですね」
 口々に褒められて、ポーラは両手で頬を押さえた。
「本当は、陛下と一緒に出席された舞踏会にと思ったんですけど、間に合わなくて……」
 頬を染めて恥らう様は、母親であっても少女の風情である。
 ついでに国王も、何故か得意げである。
「創立記念祭に間に合ってほっとしましたわ」
 無防備に安堵の表情を見せるポーラを遠い目で眺めやり、ケリーは別のことを考えた。
(ここに女王がいたら、なんて可愛らしいんだとか何とか言って口説きにかかりそうだぜ……)
 当のジャスミンは、女性を口説いたことなどないと反論するかもしれないが。
 困った贈り物から目を逸らす、ちょっとした現実逃避である。
 微妙な表情で沈黙するケリーにようやく気付き、ポーラは目に見えて狼狽した。
「あの……お気に召しませんか?」
 不安そうにおずおずとそう口にしたポーラを、心配そうに見守る一同。
 ケリーには、余計なことを言ったら許さんという無言の圧力がかかっていたが、そんなものはスパッと無視した。
「そういうことじゃない。いい出来だし趣味も悪くないんだが、夜会に出るつもりはないんでね」
「え、でも……」
 意外な言葉にポーラは瞬く。
 創立記念祭の夜会は生徒に人気だと聞いたことがある。
 まだ社交界にデビューしていない者にとっては良い経験だし、すでにデビューしている者にしても親と無関係の夜会など滅多にない機会だ。
「出席は任意だろう? 出たくないんだよ。苦手なもんで」
「そう……ですか……」
 呟いたポーラは浮かない顔だ。
 なんといっても王妃と違い、ケリーには王宮の舞踏会に出席したという過去の事実がある。やっぱり気に入らないのではないかと思っているのは明らかだった。
 愛らしい女性を失望させるのは本意ではないが、こればかりは仕方がない。イヴンではないが、ひよこと一緒に飛んだり跳ねたりなぞ願い下げだ。
「そうだな――」
 ここで苦手だ嫌だと言い募っても無意味だろう、とケリーは思った。
「たとえばだが、グローブナー夫人をどう思う?」
「どうって……え? あの……」
 質問の意図が分からず、ポーラは困ってしまう。
「好きかい? それとも苦手? 嘘はなしだぜ」
 釘を刺されてますます困った。意味もなく手を動かし、うろうろと視線をさまよわせ、最終的に膝の上で手を組んで俯く。
「…………苦手、です」
 本当はそんなこと、言っちゃいけないのだ。ここは親しい人ばかりだからまだ良いけれど、どんな風に曲解して伝わるか知れない。
 王の妻として避けなきゃいけないと分かっていたのに、ポーラは何故か逆らえなかった。
 蚊の鳴くような声にケリーはひとつ頷いて見せ、殺気立って来た周囲――特に男性陣――には構わず続ける。
「お茶会なんかに呼ばれれば行くだろうし、国王の妻として招待したりもするだろうが、好き好んで会いたいとは思わないだろう?」
「あの……はい」
 ポーラはもう、身の置き所がないというように小さくなっている。
 ケリーはちょっと笑って、困ったようにこめかみを掻いた。
「別に責めてるんじゃない。誰にでも苦手はあるもんさ。つまりそれが、俺にとってはこういう服を着ることであり、そういう席に出ることなんだ。実害はないし出来ないわけでもないから、絶対嫌だとは言わないが、やりたいことでもない」
 わかるかな、というように小首をかしげ、ケリーはポーラの顔を覗き込む。
 物柔らかに言い諭す口調であり、表情だった。周囲は微妙な表情になって沈黙している。
「だからたとえば、シャーミアンが茶菓子を焼いてきて、うまくできたからグローブナー夫人のところに持って行ってあげてくださいなと言ってきたら、どうだ?」
 どうだと言われても、考えるまでもない。
 別段菓子に恨みはないし、持ってきた相手に含むところもないが、王の妻として幾度か茶会を共にしただけで、苦手な相手と親しいと思われていたとしたら、それは困る。
 胸に手を置いて、ポーラは大きく息をついた。
「よく……分かりましたわ」
 晴れやかに笑って、ケリーの眼を見返す。
「残念ですけど、諦めます。御菓子でしたら、皆で食べてしまうことも出来ましたのにね」
 綺麗な琥珀の目だわ――とポーラは思って、今度はあまり目立たない飾り紐でも作ってみようと心に決めた。濃い紫に金糸を織り込みながら紐を編んで、琥珀の飾り玉をつけたらきっと綺麗だ。
 すっかり自分の考えに夢中になってしまったポーラは、周囲が唖然としてしまっているのに気付かなかった。
「なんとまあ……」
 溜息と共につぶやいたロザモンドの呆れたような声音が、全員の胸中を代弁している。
 贈り物を断るのは簡単でも、笑顔で納得させるとなるとなかなか難しいだろう。精魂込めて作ったものなら尚更だ。
 口車とはちょっと違うが、なんとも見事な話術である。
「しかし、よくグローブナー夫人の事など知っていたな」
 王妃がポーラの為にと、珍しくも女の戦い方でやりこめた内の一人だなどと、少年は知らないはずだ。
「どこかで会ったのか?」
 こっそりと国王が囁き、ケリーも声を顰めて答えた。
「いや、会った事はねぇよ。噂だけだが、ポーラはたぶん苦手だろうと思ったんだ」
 どこで拾ってくるんだ、んな噂――イヴンがそっと呟けば、その妻も頷いて同意を示す。
「夫人のお子様もお孫様も、あの学校にはおりませんのにね」
 となれば、ますます不思議である。
 バルロが嫌そうに顔を歪めた。
「小僧、貴様……まさかと思うが、貴族すべての人となりなぞ把握してはおらんだろうな」
 派閥やら動向やら、把握されていたとしたら恐いものがある。
「さてね」
 ひたすら苦笑するナシアスとラティーナを横目に、ケリーは澄ましてお茶を飲んだ。


―― Fin...2007.12.24
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
クリスマスイヴに贈り物の話(ちょっとずれた)
創立記念祭捏造(ごめんなさい)
オールスターに挑戦(無謀でした)
うっかりするとジャンペール夫妻の存在を忘れる……。

  元拍手おまけSS↓

 周囲のこそこそした会話が耳に入っていない――もしくは、聞かないほうが良い話だと無意識に耳をふさいでいた――国王の妻・ポーラは、ようやく物思いから覚めてパチンと手を叩いた。
「そうだわ、ケリーさま! 着てくださいとは申しませんけど、一応貰ってはいただけませんか?」
「うむ、ぜひ受け取ってくれ。そなたの為の物だ、他にやるというわけにもいかん」
 重々しく国王が頷けば、その従弟も口を添える。
「他に着る機会があるかもしれんしな」
 なにやら企んでいそうな口調である。
 懲りない男から、イヴンは溜息と共に目を逸らした。
 嫌がらせのためにそんな機会を作ったところで、ダメージを受けるのはむしろこちらのような気がして仕方がない。
 結局贈り物を手中にし、内心はともかく笑顔で礼を言う少年をちらと見やって、イヴンはそこからも目を逸らした。
 ――着る機会とやらが本当に来たとしても、その場には絶対に居たくない。
 嫌がっていた様子など綺麗さっぱり消し去って、完璧に優雅に如才なく振舞う少年の姿が目に見えるようだった。
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