―― 天人の在り方
Written by Shia Akino
[RED CloveR]→textの三次小説です。 「チェックメイト、だな」
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「あー……そうみたいだな」 賭けるとなるとバルロは強いよと、以前ナシアスが言っていた。まったくその通りだったので、ケリーは苦笑してこめかみを掻く。 さすが、と言うべきか。 理屈ではない部分で戦う男だ。ここぞという所では負けない戦をするのだろう。 「俺の勝ち、だな?」 にんまりと、底意地の悪い笑みを浮かべてバルロが念を押す。散々遣り込められた経験があるだけに、ひどく嬉しそうだ。 ケリーは軽く両手を挙げて、完敗だ、と認めてやった。 「よぉし、ならば約束通りその言葉遣いを改めろ!」 勝ち誇ったバルロが言い放つ。 ケリーはちょっと肩をすくめ、口の端を上げる笑い方を抑えて、ずっと穏やかに見える笑みを浮かべた。それから、ほんのわずかに背筋を伸ばす。 もともと姿勢は悪くないのでその変化は本当に僅かだが、たったそれだけで、不遜で不敵で小生意気な少年は消えうせた。 「お見事でした、サヴォア公爵」 軽く頭を下げるその様子は、ごく自然なものである。もちろん尊大とは言えないし、かといってへりくだるでもない。他国の王子だと告げたところで、誰も疑いはしないだろう。 「公爵様のお相手に、私では役者不足というものでした。さぞや退屈でしたでしょう。お詫びを申し上げます」 「う……うむ」 自身で言い出した事だけに止めろとも言えず、バルロはなんともいえない顔でようよう頷きを返す。 これがイヴンであれば、表情なり言葉尻なり態度なりにどこかしら破綻を来すのだが、この少年は完璧だった。完璧だけに――気持ちが悪い。 だが、筆頭公爵家当主としては、そんな弱音を吐くわけにはいかなかった。 「陛下を晩餐に招待している。同席を許すが、失礼のないように」 「心得ております」 ケリーのこの上なく優雅な礼に、バルロの口元は引き攣った。 普通、国王を招待しての晩餐といえば、一族郎党揃っての威信を賭けた大晩餐会となるのだろうが、サヴォア公爵は国王に次ぐ地位にある国の重鎮である。個人的に私的な場に招待しても失礼にはあたらない。 ――が、この国のおかしな王様は、失礼がどうとかいう事はまったく気にしていなかった。ただ単に、最近雇い入れた料理人が珍しい料理を作るので食べに来ないかと誘われて、素直に楽しみにして来ただけだ。 バルロの言い分が、新しい料理を覚えたので食べに来ないか、と誘いをかける女のようだ――とは、決して本人には言えないケリーの感想である。 まあとにかく、南国出身だというその料理人は、たいそう張り切って腕を振るった。 このデルフィニアにあっては確かに珍しく、また美味でもある料理の数々が食卓を飾ったわけだが。 「その……だな」 始めのうちはともかくも、だんだん料理の味が分からなくなってきて、ウォルは困惑と共に食器を置いた。 「…………どうかしたのか、ケリーどの」 同席すると聞かされて喜んだのもつかの間。弾みかけた会話はケリーが口を開くたびに失速し、もはや墜落寸前だ。 「なにがでしょう、陛下」 対する少年は澄まし顔だ。バルロも奇妙な顔をしているから、恐らくただ一人、料理の味を堪能している。 「その……その言葉遣いだ。いつもと違うだろう。なにかあったのか?」 言葉遣いだけではない。国王に対する態度からほんの僅かな仕草にいたるまで、文句のつけようがないほど上品であり、優雅でさえあった。 ウォルは嫌味なぞ言った覚えはないし、ケリーとて別段怒っているわけでもないらしい。正視できないような冷ややかな気配は感じられないのだが、だからこそ、ただひたすらに気持ちが悪い。 ウォルはいっそ、誰だお前は!? と言いたかった。 分かっていながら、ケリーはにっこりと微笑んで見せる。 「ご心配いただくようなことは何もございません。お気になさらず」 「いや、気にするなと言われても……」 助けを求めるような視線を受けて、バルロはようやく諦めた。 というか、これ以上我慢できなかった。 「分かった! 俺が悪かった!」 両手を挙げて降参を示す。 賭けの結果だと聞かされて、ウォルは驚いた。 リィならばそんな賭けは受けないだろうし、バルロとて持ち出しはしなかったろう。誰だろうと頭は下げないと、彼女は――彼は――明言していたし、実際、おそろしく傍若無人であった。 そのリィと友人だというケリーは、魂の在り方がリィによく似ていると、ウォルは思っている。誰の下にも決して付かない、誇り高い孤高の魂だ。 それでいながら、この違いは何たることだ。 「形だけ取り繕ったって、なにがどうなるわけでもねぇだろう」 本音が変わるわけじゃなし――ケリーはあっさりとそんな風に言い、肩を竦めて見せる。 それは確かにそうなのだが、そうとばかりもいえないのが社会というものである。形で実を量る者は大勢いるし、本音は変わらなくても扱いは確実に変わるだろう。 形で実を量る者に蔑まれようが敬われようが、どうでも良いという事か。 表し方はだいぶ違うが、その辺りは確かにリィに似ていた。ある意味傍若無人である。 「ガラじゃねぇし面倒だから、あんまりやりたかねぇんだが」 そういう台詞も、相手の事はまったく考えていない。完全に自身の事情だ。 こうなると、リィの方がだいぶん優しい。 ケリーのそれは、誤解されるような言動をしておいて、誤解する方が悪いと言い放っているようなものだった。まるで詐欺師の言である。 「端から見れば立派な変節漢だぞ」 苦々しげにバルロが言うが、少年はどこ吹く風だ。実害はねぇな、などと嘯いている。 「またずいぶんと思い切り良く割り切ったものだ」 ウォルは苦笑して腕を組んだ。 実害がないとケリーは言うが、だからといって、世間の評価にこうまで徹底して興味がないというのも珍しい。 あのリィですら、着飾った時は褒められるたびに不機嫌になっていったものだ。 本質と違う部分で無関係な評価を下されるのは不本意だという、その感覚ならウォルにも分かるのだが――。 「なんというか――風変わりな方だな、貴方は」 苦笑と共に言われた言葉に、少年はちらと笑みを浮かべる。 「女房にも言われたな、それ」 ――沈黙。 「…………従兄上、それでは褒めすぎです。ここは身勝手と言うべきでしょう」 とにかくなにがなんでもケリーの顔を見ないようにしながら、天の国には“女房”と言う言葉に“妻”や“奥方”とは別の意味があるに違いない、とバルロは結論付けた。 「別に褒めたつもりはないぞ。身勝手と言うより、やはり風変わりだろう」 妻を持つには早すぎるように見える少年の顔を見やってから、天の国ではずいぶん婚期が早いらしい、とウォルは思った。 「どっちでもいいが、食べないのか?」 ただ一人料理を味わっていたケリーに、旨いぜ? と促されて、二人はようやく新しい料理人の腕の程を堪能したのだった。 ―― Fin...2007.01.30
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「長年の習慣」と「衆望の客人」がダントツで一位二位だったので、御礼を考えていたらこんな話に。 元拍手おまけSS↓(二つあります) 「チェックメイト」 宣言したケリーに、ナシアスは深い溜息をついた。 「本当に強いね、君は」 「まあ、必要に迫られてな」 ルールを教えてくれたのはラナートだったかロス教授だったか。 しかし、安全な宙域を飛んでいる時に、暇を持て余したダイアナが持ちかけてくる勝負の方が上達の役には立った。 機械が暇を持て余すな! だとか、感応頭脳相手に何をどうしろって!? だとかは言っても無駄だ。頓狂な賭けの数々は、もういまさら思い出したくもない。 「もう一戦行くか?」 「いや、雪辱はバルロに期待するよ」 ケリーはちょっと首を傾げた。バルロよりはナシアスの方が強いはずだからだ。 「バルロはね、賭けるとなると強いんだよ」 優しげな顔に珍しく不敵な笑みを浮かべ、ナシアスは言った。 「負けたくないものが賭かっている時に、バルロが負けるのは見たことがない」 へえ、と返してケリーは納得した。なんとなく分かるような気がしたからだ。
「俺が勝ったらその言葉遣いと態度を改めろ」
「そりゃ構わんが、俺が勝ったらどうするんだ?」 「……二度と文句をつけないと約束しよう」 「それじゃつまらねぇよ。俺は言われたって気にしないからな」 「気にしろ馬鹿者」 「じゃあこうしよう。あんたが勝ったら俺は態度を改める、俺が勝ったらあんたは女装だ」 「――なに?」 「いつだったか、俺の女装が見たいとか言ってたじゃねぇか。ンな事言うからには自分でやってもらわねぇと」 「そんな事は言っておらん!!」 「いっそ女装させろ――だったか? まあなんでもいいが、決まりな」 「決めるな!!」 「いいじゃねぇか、要は負けなきゃいいんだ。ほら、始めるぞ」 ゲームの前に、こんな遣り取りがあったのかもしれない――。 文章、画像の無断転載、転用、複写禁止
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