―― 若者の気質
Written by Shia Akino
[RED CloveR]→textの三次小説。
王様シリーズベースです。
 タンガとデルフィニアの関係は、表向きには良好に保たれている。
 その実、事実上デルフィニアの支配を受けているタンガ国内には、隣国に対する反発心が未だ根強い。
 と、多くの者が思っているが、実のところタンガ国王ビーパスはデルフィニア国王に強い敬意を抱いていた。
 父と兄の敵ではある。
 だが、彼の王は真に偉大な人物だった。
 頻繁なことではないが、互いに国を訪れて直接話をする機会もある。年若い王にとって、それは心楽しい一時だった。



 万事に鷹揚なデルフィニア国王は、国王同士の対談の場においても構えるところを知らない。
 一応の体裁をつけた表向きの会談は既に終え、二人はウォル王の私室に場所を変えて酒肴を前に向き合っていた。
 給仕の小者すら下がらせて手酌で飲み始めてしまうウォル王に、ビーパスも始めは驚いたが、数年の内にすっかり慣れた。
「ケリーという方にお会いましたよ」
 私的に親しい相手だというのが分かっていたので、ここまで言わずに置いたことを話題にする。

 それは、密売の取締りで下町の宿を一斉捜索したときのことだ。
 後ろ暗いところのない旅人や商人は、快くとまではいかないものの、荷物の検査を拒否することはまずないといっていい。
 そういった者たちの内の一人――ずいぶんと年若い旅人の荷物から、仰々しく長大な身分証が発見された。
 それはもう、恐ろしく立派なものであった。連なった名の意味を鑑みれば、豪華絢爛と言ってもまだ足りない。
   その重要性を認識できなかった平民出身の捜査官からそれを手渡された上官は、短い悲鳴を発したきり泡を吹いて卒倒した。
 その報告を受けた司令官はさすがに卒倒はしなかったが、たんなる身分証が金の板で出来ているかのように重く感じたという。
 もちろん、司令官はすぐさま真偽を確かめさせた。
 間違いないとなった時、勤続四十年になんなんとする老練な司令官の心臓は、確実に一瞬動きを止めた。
 蒼白な顔で脂汗を流し、司令官は若者に対してほとんど平伏せんばかりに謝った。平謝りに謝って、どうか王宮に御逗留ください、と申し出る。
 この際、本人の希望などは無関係である。こんな身分証を持つ者を下町の三流宿に泊まらせるなど、言語道断というものだ。沽券に関わる。
 承諾を得られなければ自害するとでも言い出しかねない司令官の様子に、若者は不承不承頷いた。
 こうして、旅の若者は賓客として王宮に迎え入れられ、タンガ国王と面談という次第に相成ったのである。

「それはまた……ご迷惑を」
 ウォル王が苦笑して頭を下げた。ビーパスはそれに首を振る。
「いいえ。迷惑などという事は何も。不思議な印象の方でしたが」
 どことなく掴み所のない、清涼な風のような人物だった。
 ビーパスの言にウォル王がひとつ頷き、あれは王妃の友人です、と楽しそうに口にする。
「王妃様の……御友人?」
 虚を突かれてビーパスは瞬いた。
「ええ、そうです。やはり天の国から来た人ですよ」
「そう……ですか……」
 不明瞭な相槌にウォル王が首を傾げる。
「なにか?」
「いえ、王妃様の御友人にしてはずいぶんと、その、上品な方だったので……」
 意外だと思っただけです、とまでは続けられず、ビーパスは言葉を濁した。
 猛々しいとすら言えるようなデルフィニア王妃と、ビーパスは直接言葉を交わしたことがある。周知の事実だろうとは思うが、他国の王妃を上品ではないと断ずるような台詞は、私的な場とはいえ慎むべきだったかもしれない。
 だが、隣国の王は失言を気に止めた風でもなく、ひどく奇妙な顔をした。
「上品…………」
 笑おうか困ろうかどうしようか、悩んでいるような顔つきである。
「……ウォル陛下?」
 何かおかしな事を言っただろうか、とビーパスは首を捻った。



 ケイファード城の一室でうんざりしつつ寛いでいたケリーは、陛下がお会いになりますと告げられてずるりとソファに沈み込んだ。
 ――こんなはずではなかった。
 好意だか嫌がらせだかよく分からない――もちろん国王としては好意だろうが、バルロあたりの思惑としては嫌がらせではないかと思われる――身分証を、荷物に放り込んだきり忘れていたのがまずかった。
 とはいえ、今更なかった事には出来ないし、逃げ出すほどの事でもない。
 タンガ国王の来室を立ち上がって迎えたケリーは、にっこりと人好きのする笑みを浮かべてそれはそれは優雅に一礼した。
「お会いできて光栄です、ビーパス陛下」
「こちらこそ、思いがけずウォル陛下ゆかりの方とお会いすることが出来て、嬉しく思っています」
 心からそう思っているのが分かる声音に、年若い国王の素直な心根が見て取れてケリーはちょっと微笑んだ。
 対するタンガ国王は、少年と呼んでも差し支えのない相手の落ち着いた佇まいに、内心目を瞠っている。
 実際は属国のようなものだとはいえ、国王を相手にこうまで泰然としていられる者は多くない。
「ウォル陛下とは、どういったご関係なのですか?」
 椅子を勧め、着席してから問うてみる。
 署名をしている顔ぶれから、個人的に親しいのだろうとは判断できた。国王相手に泰然とした態度からも、高位の貴族――もしくはその子息――ではないかと思われるのだが、身分証にあったクーアという家名には覚えがない。
「そう改まった物言いをなさらないでください。私自身はただの風来坊ですよ」
 若者は苦笑して、ウォル陛下は恩人です、と落ち着いた声音で告げた。
「物を知らず、行く宛てのない私を拾い上げて面倒をみてくださいました」
 それはいかにもあの王らしい事に思えたので、そうですか、と言ってビーパスは微笑む。
 それを見て、若者もまた柔らかく笑む。
「少しばかり変わった方ですが、良い方です」
 もちろんケリーは、以前に彼の王を“変態”と評したことなどおくびにも出さなかった。
 ええ、と同意したビーパスは、彼の王の奇行に接した家臣たちの周章ぶりを思い出し、必死で笑いを堪える事になった。
 ビーパスの王としての執務の為に面談は短時間で終わったが、そのほとんどが変わり者の国王の話題に終始したのだった。



「……ウォル陛下?」
 訝しげに名を呼ばれ、デルフィニア国王は我に返った。
「は、いや……うむ」
 ケリーが上品。
 山賊出身の独立騎兵隊長と下町を飲み歩いたり、筆頭公爵をからかって遊んだり、国王に対してぞんざいな口を利いたりしていたケリーが、上品。
 恐ろしいくらいの誤解ではあるが、まあ、害ではあるまい。
「そう、上品に振舞うことも出来る人です」
 正確な表現を心がけてそう返し、とりあえず無事ではいるらしい――と、ウォルは胸を撫で下ろした。


―― Fin...2008.02.20
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
キングシリーズ「放浪王」で言及している身分証騒動その一。
こんなことやあんなことがきっと……(笑) 楽しかった〜!
アンケートで「国外」項目が出てきたのでそれと、「マイナーキャラ希望」というマイナーなご意見が気に入ったので、タンガ国王にご登場願いました。
ビーパスかピーバスかすら覚えてなかったマイナーキャラ故、口調は怪しいです。
あ、これで「国外の王族」項目も消化したのか。

  元拍手おまけSS↓

「ケリーが上品っ!?」
 素っ頓狂に跳ね上がったイヴンの声に、その幼馴染は苦笑した。
「あー……うむ。タンガのビーパス王はそう思っているようだな」
「いやまあ……出来るのは知ってたけどよ」
 疲れたように肩を落とし、イヴンは乾いた笑いを漏らす。
「じゃあアレは今、タンガにいるわけか?」
「さて……城には一泊しただけだというし、少しばかり前の話だからな」
 今はどこにいるのやら、とウォルが首を振る。
「あいつもなぁ……連絡くらい寄越しゃいいのによ」
「五年も音信不通だった奴が何を言う」
 溜息と共に漏らした台詞を即座に切り返されて、イヴンは言葉に詰まった。
「う……いやほら、あれは若気の至りってやつだ」
「ケリーどのとて若いではないか」
 再度の切り返しに、今度は別の意味で言葉に詰まる。
「…………ウォリー。それ、本気で言ってるか?」
 ケリーは見た目通りの年齢ではないらしいと、イヴンはなんとなく分かっている。
 バルロは認めたがらないだろうが、ウォルなら当然分かっていると思っていたのだが。
「本気だが?」
 真面目に言われて頭を抱えた。
 長い付き合いだが、こいつはほんっとに分からねぇ! と、胸の内で絶叫する。
 たぶん、同意する者は大勢いるに違いない。
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