―― 花街の夜
Written by Shia Akino
[RED CloveR]→textの三次小説です。
 デルフィニア国王ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンは、ケリー・クーア――もしくはキング――と名乗る少年にたいそうな興味を抱いていた。
 別段少年趣味に目覚めたわけではない。
 天の国から来た王妃の友人であるからというのはもちろんあるが、そうでなくとも興味深く面白い人物である。
 王妃と友人だという事については、ウォルは凄いとも意外だとも思わなかった。敵対した者にしてみれば冗談ではないというところだろうが、リィは基本的に大変優しいし、気難しいわけでもないからだ。
 興味深いのはリィの友人うんぬんではなく、少年本人に対してである。
 リィは何処でも誰を相手でも一貫して同じ姿勢を崩さなかったが――記念式典のときを除いて、だが――あの少年は、その時々でまったく印象が違うのだ。
 元山賊の一団に混じって豪快に笑っているかと思うと、嫌味を垂れ流す貴族を前に殊勝に優雅に振舞ってみせる。
 政治経済について水を向ければ驚くほど深い知識と考察を披露して見せるし、年齢にそぐわない落ち着いた話しぶりからは想像できないほど陽気で剽軽でもある。
 俺よりよほど“らしい”ではないか、と思わせる王者の風格を漂わせた次の瞬間には、外見相応の悪戯小僧に変貌したりするのだ。まったくもって面白すぎる。

 さて。

 国王以下政府中枢を構成する面々は今現在、例の少年のまったく新しい一面を目の当たりにしていた。
 シッサス随一の娼館――女付きの貸し部屋のような代物とは訳が違う――その最上階を借り切っての大宴会の最中である。
 “独身時代を懐かしむ会”などというふざけた名称を密かにぶち上げて会場を決めたのはバルロだが、何故そこに少年が混じっているのかがまず分からない。
 実際は少々やっかいな外交問題を片付けたお祝いだからそれはいいとしても、一体この現状は何事なのだ。
「どう思うよ……アレ」
 イヴンがちらりと少年に目をやる。
 娼館第一位の美女を右に、第二位の美少女を左に置いて、ケリーは上機嫌で盃を呷っていた。
 誰が少年に酌をするかで女達の間に密かな争いが起きているのを見て取って、バルロは苦虫を噛み潰す。
 国王と独立騎兵隊長とサヴォア公爵とラモナ騎士団長と宰相の部下達は脇に追いやられ、部屋の片隅で手酌で飲む羽目に陥っていた。
「どうと言われても……」
 独身時代ですら女遊びに縁のなかったナシアスは、もう引き攣りっぱなしである。乾杯だけしてさっさと引き揚げたドラ将軍やブルクス等年長組が恨めしい。
 華やかな笑い声がはじけた。
 ケリーは右の美女の腰を抱き、なにやらひそひそと耳打ちしている。
 妖艶なはずの美女はまるで乙女のように恥じらい、頬を染めて耳打ちを返した。
 左の美少女が不満そうに口を尖らせ、腕に手をかけてケリーの気を引く。
 それに笑った少年は、首を伸ばして少女のこめかみに口付けた。
 どこからどう見ても百戦錬磨の花娘が夢中になるには若過ぎるように思えるのだが、これまたどこからどう見ても見事な色男ぶりである。幼いとすらいえる容姿でいながら、明らかに遊び慣れている風なのが恐ろしく奇妙だ。
「さすが――と、言うべきだと思うが……」
 ウォルもいまいち自信なさ気である。
「お嬢さん方。そろそろ我々の相手もして頂けませんかな?」
 対女性用の笑みを浮かべ、皮肉な響きを綺麗に隠してバルロが申し出た。
「いやですわ、バルロさま。妬いてらっしゃるの?」
「当然です。貴女方のような美しい女性達を独り占めするなど、罪深いというにも程があるでしょう」
「まあ……うふふ」
 ははは――と、空々しい笑いが場を支配する。
 客の不興を買っては高級娼館の名折れだ。ケリーに群がっていた女達はようやく本来の仕事に戻り、客の手を引いて踊ったり歌ったり遊戯に興じたりし始めた。



 ラモナ騎士団長ナシアス・ジャンペールは、そもそもこういった場所が大の苦手だ。
 一刻も早く妻子の元に帰りたいのだが、帰ったら許さん、という無言の圧力が長年の親友から感じられる。
 部屋の片隅に陣取ったまま何度目かの溜息を盃に隠し、誘いをかける女達に丁重な断りの文句を述べて、乱痴気騒ぎの状況を呈しつつある会場をぼんやり見やった。
 自他共に認める野暮天の国王もこういった場は苦手だと思われるのだが、生来のおおらかさでそれなりに楽しんでいるようだ。
 というより、楽しませているようだ。
 笑いさざめく女達に取り囲まれて眉を下げる国王に、わずかばかり微笑ましい気分になる。
「よう、壁の花。楽しんでるか?」
 ふざけた呼び掛けに苦笑して、騒ぎを抜け出した少年を迎えた。
「まあ、それなりにね」
 ナシアスとて男である。美しく着飾った女性が嫌いなわけではない。ないのだが。
「……帰りたそうだな」
 苦笑する少年に、苦手なんだ、とこぼしてみせる。
「君はずいぶん楽しそうだね」
「そりゃあな。楽しませようとしてるんだから、楽しんでやるのが礼儀ってもんだろう」
 少々ずれた理屈をこねて、ケリーは隣に腰を下ろした。
「私だって楽しくないとは言わないけどね……。なんだってバルロはここを会場に選んだんだろう。宴会なら王宮でも出来るだろうに」
「さあなぁ……公然と遊んでみたかったんじゃないか?」
 楽しいからいいけど、とでも続きそうな表情で、ケリーは別の片隅で美女の酌を受けているバルロに目をやった。



 サヴォア公爵及びティレドン騎士団長ノラ・バルロの思惑としては、妻ある身ではそうそう足を向けられない場所で公然と遊ぶ機会を作るというのももちろんあったが、むしろ不遜で不敵で小生意気極まりない少年の反応に対する興味の方が強かった。
 今のところ、ケリーが関わる女と言えば各々の妻や王宮の女官、学校の女生徒くらいなもので、ある意味上品な者達ばかりなのだ――と、バルロは思っていた。
 シッサス一とはいえペンタスとは違う。さほど上品とはいえない色気を武器に華を競う女達を前にして、少年がどんな反応を示すか――多少なりともうろたえてくれたりしたら大変楽しい――と、考えていたのだ。
 別段あからさまに取り乱すところまで期待してはいなかったが、さすがにアレは想像の範疇を超えていた。
 今だとて、だいぶん酔っているらしい女がしつこく口付けをせがむのに、苦笑して唇を啄ばんでやってからさり気なく追い払っている。
 隣ではナシアスが額を押さえているが、まったく、ナシアスよりよほど女あしらいに長けているではないか。
「皆ずいぶんと親しげだが、まさかあの小僧、以前から出入りしているのではあるまいな?」
 どうも初対面とは思えない女達の対応に、バルロは疑わしげに女を見やった。
 シッサス一の高級娼館である。居候の身で通えるような店ではない。
「お客様としていらしたのは初めてですわ」
 女は嫣然と微笑んでそう答えた。
 ケリーの副業をバルロは知らない。
 客に供する酒類や食材の納品の為、ケリーは時折裏口から出入りしているのだ。
「客でないとなると――酒場で同席でも?」
 元山賊と連れ立って飲み歩いているらしい、という所までは知っている。
 それに女はくすりと笑って、艶っぽい流し目でバルロを見上げた。
「バルロさま。それを問うのは野暮というものでしてよ」
 自他共に認める火遊びの達人は、ついぞ言われたことのない言葉に思わず絶句した。
「殿方に一夜の夢を差し上げるのがわたくし達の仕事ですけれど、あの方はわたくし達に夢を見せてくださるんですわ」
 どこか遠い目線で呟く女に、何とか立ち直ったバルロが問い返す。
「いつか請け出すから一緒になろう――というお決まりの奴か?」
 まあ――と、女は口元を隠して可笑しげな笑いを漏らした。
「そんなありがちな台詞で、わたくし達がいまさら夢をみられるとお思いですの?」
「では、どんな夢だろうか。お聞かせ願えるかな?」
 目元に笑みを残したままで、女は再度バルロを流し見る。
「バルロさま。それもまた――野暮ですわ」
 一瞬凍りついたサヴォア公爵は、溜息を一つついてから胡乱な目付きで少年を見やったのだった。


―― Fin...2008.03.21
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 ごめんなさい……ケリーが好色ジジイに(笑)

  元拍手おまけSS↓

 周囲を取り囲んだ女性たちが一斉に笑い声を上げたので、ウォルは困惑して眉を下げた。
 普通の男であればそれだけで穴があったら入りたい心境に陥るだろうが、そこは王妃に朴念仁だの唐変木だのと言われた国王である。素直に聞いた。
「なにか可笑しな事を言っただろうか?」
 それにまた笑い声が上がる。
「いいえ、ウォルさま。ここが花街でなければ可笑しいことなどありませんとも」
「そうですわ。奥方様が可愛らしい方でいらっしゃることも」
「お料理の上手な方だということも」
「花街の女相手に言うのでなければ可笑しい事ではありませんわ」
 女達は目を見交わして頷き合い、内一人が微笑みながら問うた。
「奥様を愛してらっしゃるのね?」
「むろんだとも」
 間髪いれずに堂々と頷いてから、少し照れるな、などとこめかみを掻く男に、女達はまた心から笑ったのだった。
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