―― 嵐の通過
Written by Shia Akino
[RED CloveR]→textの三次小説。
[RED CloveR]の『海賊王』と『天使襲来』を前提としたパラレルです。
 喚声が上がった。
 海賊船グランフィノースの乗組員は、他の同業者に比べれば比較的行儀のいい方に入るが、そこはやはり荒くれ者の集団である。喧嘩沙汰もままあるから、騒ぎが起きたところでケリー・シルヴァンは気にしなかった。引き際を心得ている男達の騒ぎはすぐに止む。
 ――が、その日は様子が違った。
 騒ぎはその規模を拡大しながら、船長室へと近づいてくるのだ。
「シルバ――シルバっ!!」
 悲鳴に似た声で名を呼ばれ、シルバは書き物机の前で振り向いた。
「何事だっ!?」
「船長に会わせろって妙な奴が暴れ――ぐはっ」
 男は、最後まで言う事は出来なかった。背後から何者かが思い切り蹴りを入れたのだ。
 船長室の扉を開けたのは部下である男だったが、その背中に足を乗せて乗り込んで来たのは、金色の光だった。
 シルバは、そんな場合ではないと分かっていながら息を飲んだ。
 純金に似た黄金の髪。夏の森のような力強い緑の瞳。この世に存在する事が信じ難い程に整った容貌――その顔が、シルバの顔を見た途端、眉を顰める。
「………………ケリー?」
 訝しげな問いに、矜持でもって平然と返した。
「そうだが」
「シルバってのは?」
「それも俺のことだ」
 金の光は沈黙する。少し待ってみたが、反応はなかった。
「…………いい加減、俺の部下から足をどかしてもらえると嬉しいんだがね」
「……ああ」
 溜息のような声を漏らして足をどけた所に、新たな声が割って入る。
「エディ! あんまり無茶しないでよ!」
 駆け込んで来たのは黒髪の麗人だ。これもまた、この世に存在する事が信じ難い程の容貌である。
「いたの?」
 短い問いに、金の光は顎でシルバを示して見せた。
「それがケリーだそうだ」
「あちゃあ……」
 黒髪の麗人は顔を覆う。
 ――なにがなんだか分からない。
 グランフィノースの乗組員達が、開け放たれたままの扉を遠巻きにして覗き込んでいるのが見えた。目の周りにあざを作っている者、こめかみから血を流している者もいるが、大きな被害はないようで、シルバは胸を撫で下ろす。
「ケリーはどこだ?」
 物騒な響きで問いかけられ、部下達から目を離して侵入者を睨んだ。
「だから――」
「これがケリーの船だって事は分かってるんだ! 船首の像! あれはジャスミンとダイアナだろう!? ケリーはどこにいるっ!!」
 シルバは彼が――それとも彼女だろうか、美しすぎてよく分からないが――泣くのではないかと思った。鋭すぎる緑の瞳は涙の欠片も浮かべず、苛烈な光を放ってはいたけれど。
「エディ……エディ。ちょっと落ち着いて」
 黒髪の麗人が、背後から金の光の肩を叩いた。優しい仕草だ。
「ねえ、エディ。キングがじっと大人しく迎えを待ってるわけないって、分かってたことでしょう? ――大丈夫、どこにいても目立つ人だもの。ちゃんと見つかるよ」
 柔らかな声に言い諭されて、金の光は視線を落とす。
 緑の瞳が伏せられると、苛烈な光が僅かに翳って焦りの色が見てとれた。
 不法侵入の不審人物ではあるが、シルバは少しばかり憐れみを覚えて口を開く。
「あんたらの探してるのは初代のことなんだな?」
 この船の正式な主は初代のケリーだ。船首を飾る双子の女神――それを指してケリーの船だと断じるなら、そのケリーは海賊王と呼ばれた彼しかいない。あの人を探しているのなら、それはもう大変な苦労だろう。
「――初代?」
「俺は三代目なんだ」
 眉を寄せた金と黒の一対に頷きかけ、初代はとうに船を降りたと事実を告げる。行き先は知らない、とも。
 だろうねぇ、と乾いた笑い声を上げる黒と、手に負えないとばかりに溜息を吐く金を見て、シルバは目を細めた。
 初代に聞いても笑うだけで答えなかった、双子の女神の由来――彼らは恐らく、それを知っている。
 少しばかり癪だったが、憐れみが勝った。最後に聞いた行き先を示唆する言葉を知らせてやる気にはなったが、それだとて碌なものではない。まだ当分苦労は続くだろう。不憫だ。
「あの人なら、船じゃ行けない所に行ってみるって言ってたぜ。内陸の方に向かったのは確かだが、後は知らん」
 シルバの言に、金の光はしばし沈思して踵を返した。
 黒髪の麗人は、その後ろ姿とシルバとを見比べ、気まずげにぺこりと頭を下げた。
「どうも、お邪魔様でした……」
 もごもごと告げて、これも出て行く。
 成り行きを見守っていた乗組員達が、足を引きずったり腕を押さえたりしながらも道を開けてやった。殴られた顎をさすりながら、頑張れよ、と声をかける者さえある。
 初代の自由奔放な様を良く知っている古参の乗組員にしてみれば、金と黒の麗しき一対は大いなる同情の対象となった。多少殴られようと蹴られようとそれがなんだ。風を捕らえる苦労に比べれば大したことではない。
 黒髪の麗人は微妙に引き攣った笑みを見せ、頑張ります、と頷いた。
 金の光は眉を寄せ、悪かった、と溜息のように言い置いて船を降りた。
 嵐をも従えるはずのグランフィノース号を襲った最大で最強の嵐は、こうして通過していったのである。


―― Fin...2008.03.28
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 ケリー大迷惑(笑)
 とにかくこれはパラレルです。
 ルゥが手札を使ってないのも、キングが出てこないのもパラレルだから(違)
 あれとかそれとかもパラレルだから!
 …………ごめんなさい(逃)

  元拍手おまけSS↓

「迷子の鉄則は動かない事だってのに……」
「キングに言っても無駄だからそれ」
 進んで迷いに行くような人だ。戻る時のことはあまり考えない人でもある。
 血溜りだけ残して消えたケリーが無事だったのは喜ばしいのだが、あんまり元気すぎるだろうこれは。
「――見つけたら迷子の鉄則を叩き込んでやる」
 唸るように言った相棒から、ルウはちょっと目を逸らした。これは一発じゃ済まないかも、と思って空を仰ぐ。
(ねえ、キング。早く見つからないとボコボコにされちゃうよ)
 どこにいるのか分からない相手に心の中で呼びかけ、自業自得だけど、と付け加えた。
文章、画像の無断転載、転用、複写禁止
Copyright©Shia Akino