過激の定義
Written by Shia Akino
 バカンス真っ最中のクーア夫妻のもとに緊急通信が入ったのは、現地時間の夜――出歩くのにも少し飽きて、夕食は部屋で取ろうと大量のルームサービスを頼み終えた所だった。
「悪いけどケリー、休暇もらうわ」
 共和宇宙に並びない船の麗しい感応頭脳は、繋がったと見るや一方的にそう告げると、これまた一方的に通信を切った。通話時間、実に三秒。
「ああ? おい、ダイアン?」
 ケリーの呼びかけはまったくもって手遅れで、すでに通信は切られている。これで事情が分かったらそれは神に等しいが、ケリーは神ではなかったので、即座に相棒を呼び出した。――が、コールが続くばかりで相手が出ない。
「どうした、海賊?」
「いや、ダイアンが休暇をもらうと言って来たんだが……」
 ジャスミンは室内備え付けのバーカウンターからグラスを取り、食前酒代わりの酒に口をつけて首を傾げる。
「このまえ取ったばかりだろう?」
「そうなんだがな」
 ケリーも首を捻り、呼び出しを続ける端末を十秒ほど眺めてから回線を切った。
 ダイアナは感応頭脳だが、休暇を申請する事は珍しくない。性能向上に余念がない彼女(彼女?)はその間、早く巧みに飛ぶための研究やら実験やらに打ち込むわけだが、これほど急に、しかも一方的に、という事は今までなかった。
「無断欠勤というわけか。減俸ものだな」
 やり取りにもならないやり取りを聞いてジャスミンが笑う。
「俸給やってりゃな」
「やってないのか」
「やってどうするよ」
 ケリーは言って、肩をすくめた。
 給料でまかなうものといえば、人間ならばまず衣食住であろうが、ダイアナにはどれも必要ない。
 唯一、性能向上にかかる費用は衣食住どころではなく半端な額ではないのだが、それはケリーの望みでもあったし、そもそもケリーはダイアナの雇い主ではない。
 無断欠勤――欠勤とは言えないが、許可を得ていない以上無断は無断だ――で音信不通ともなれば、特に妙齢の美人であればある種の危機も想定されるが、アレをどうこう出来る者がいるはずもない。
 ケリーもジャスミンもそのうち連絡があるだろうと気楽に構えていたのだが、事態は二人の予想を超えて、すでに取り返しのつかない規模にまで発展していたのである。

 しばし後、大きなワゴン三台にぎっしりと並んだ料理が届くと、ジャスミンは立ち上がってそれを迎えた。
 クーア夫妻が二人揃って食べる量は半端ではないのだ。そのまま置いて行ってくれればいいと指示してやらないと、給仕役のボーイはどこに皿を下ろせば良いのかと困惑するはめになる。
 この部屋に泊まっているのは夫婦二人だけのはずで、それならば備え付けのバーカウンターで飲みながらの食事という事もありえるし、ソファに並んでという事も考えられるが、頼まれた量が量なので客が来ているという可能性も――と、ボーイが悩んだのはごく短い時間で済んだ。
 給仕はいらないと告げられたボーイが一礼して退出した、その時だ。
 大型受信機でニュース番組を見ていたケリーが、ふいに呻いて頭を抱えた。
「おいおいダイアン……正気か、あいつ?」
「いまさら何を言う。ダイアナはもともと正気じゃないじゃないか」
 とりあえずそう返したジャスミンに、ケリーは無言で受信機の画面を示してみせる。
 アナウンサーの女性が手元の端末を見ながら、たった今入ったニュースです、と速報を繰り返した。
「先ほど、ヘリオート宙港第三埠頭におきまして、五万トン級の中型船が係留索を引きちぎり、管制官の制止を振り切って逃走するという事件が発生しました。船籍、船名共に偽造と見られ、なんらかの事件に関与している可能性が高いとして、当局が行方を追っています」
 死傷者はゼロ、第三埠頭は現在閉鎖されています――淡々と続けるアナウンサーを眺め、なにやらしみじみとジャスミンが頷く。
「間違いなくダイアナだな。感応頭脳でも、長年組んでいると船長に似てくるものなのか」
「言いがかりだ。あいつはもともと過激なんだ」
「では、おまえがダイアナに似たのか?」
「似たつもりはない」
 心外だ、とケリーが顔をしかめると、ジャスミンは呆れ返ったとばかりに溜息を吐いて腕を組んだ。
「おまえな、少しは自覚しろ。五万トン級で戦闘機の真似をやらかす男のどこが過激じゃないって?」
「その戦闘機で体当たりなんざやらかすあんたにだけは言われたくねぇよ。大体問題が違うじゃねぇか」
 睨み合いの始まってしまった大型夫婦だが、ダンに言わせればどっちもどっち――むしろ“どいつもこいつも”といったところだろう。
 なにしろその頃、誘拐された少年は別の誘拐事件を引き起こし、ニセ警官とはいえ政府関係者を叩きのめし、他人の家に不法侵入まで果たして、立派に逃亡中なのだ。
 不法出国でセントラルへ急行中のダイアナはもちろん、結局みんな似た者同士なのだった。

 ちなみに、事実を知ったダイアナがミックをどんな目に遭わせたか――残念ながら、それは定かではない。



―― Fin...2009.08.14
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
おまけはむしろ続きな勢い……。

  元拍手おまけSS↓

 料理が冷める、の一言で睨み合いを中断し、黙々と食事を片付けていたケリーとジャスミンは、つけ放しだったニュース番組を見やって同時に手を止めた。
「――また、第三埠頭の入場記録に当該船の乗員名がないとの情報も入っており――」
 アナウンサーの台詞に溜息を吐き、なんたってここにいるからな、とケリーが呟く。
「当局は乗員の行方を探すと共に宙港職員の関与も視野に入れて捜査を進める方針です――」
 対応が早いな、とジャスミンも溜息を吐いた。
 《パラス・アテナ》は今回、《バルディア船籍カーネリアン》と称している。四十年間一度も変わらず護衛船を勤めた船の名は、一部クーア・フリークの間ではそれなりに知られていて、《アドミラル船籍パラス・アテナ》では悪目立ちが過ぎるのだ。
 ただ、こんな事になるとは思ってもいなかったケリーとジャスミンは、偽名を使っていなかった。逃亡船の船長夫妻は、入国時にも使った名前でこのホテルに宿泊している。
「急いだ方がよさそうだ」
「そうだな」
 頷き合った大型夫婦は、猛然と料理を片付けにかかった。
 ダイアナが《バルディア船籍カーネリアン》のまま再入国する事は万に一つも有り得ないし、人を乗せていない船が勝手に動くはずもない以上、最終的には“盗まれた”とでも認めさせる事は出来るかもしれないが、一時にしろ身柄を拘束されるのは面倒極まりない。それが二人に共通した見解だった。
 ワゴン三台分の料理を綺麗にたいらげてから、クーア夫妻はホテルを出て逃亡生活に入ったが、この行動が捜査を撹乱し、事態の混迷を深めたのは間違いない。
 なにしろその日、市内の宝飾店で大規模な強盗事件が発生していたのだ。
 逃走した船に疑いがかかるのは当然で、何故か搭乗していなかった乗員がこれまた逃亡したという事態を受け、捜査員は仲間割れを疑った。
 置き去りにされた強盗犯の一味とみなされ、指名手配までされた怪獣夫婦は当然バカンスどころではなくなって、全て片付いてから戻ってきたダイアナに盛大な文句を言ったのだった。
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