ジェームス君の憂鬱 4
ラナートには、貸しのひとつで勘弁してやる気などさらさらなかった。
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キング・オブ・パイレーツの、ほとんど唯一と言えそうな弱みが手中にあるのだ。そのためにわざわざダンの目の前での再会を画策したのである。 表面上は和やかな世間話の最中――多く辺境を飛ぶダンと、辺境を拠点とする貿易商のレオナールと、辺境にも詳しいキングであるから話題には事欠かない――ラナートは、度々ケリーの顔に目を止めて首を傾げて見せた。 「……俺の顔に何か付いてますか」 気付かぬフリにも限度があって、ケリーはようやく何か言いたげな“レオナール船長”を促す。 ――出来れば聞きたくなかったが。 「ええ、それが……」 ためらうように間を置いて、レオナールは困ったような笑みを浮かべた。 「実は、五十年ほど前に偶々キングと――海賊王と会った事があるのですが……」 ダンの顔からすぅと血の気が引いた。 「貴方は彼に良く似ているように思えます。あの人も確か、そんな色の髪をしていましたし……」 顎に手をやって首を捻るラナートに、ケリーは内心で罵倒の限りを尽くした。顔にはかろうじて困惑の表情を浮かべたが、わずかに口の端が引きつっている。 レオナール=ラナートの図式を隠したままでも、キング・ケリーについては言及できるのだ。普通に考えれば“本人だ”という事にはならないが、話題にされるだけで心臓に悪い。主にダンにとって。 蒼褪める息子をちらと窺うケリーに、ラナートはこっそり含み笑った。 狼狽えているのはむしろダンだが、ケリーにも充分嫌がらせになっている。 「もしやご子息なのではありませんか?」 期待が半分、失望に対する備えが半分の見事な演技に、んなワケあるか! と本気の否定が即座に返った。 ――なにしろ本人だから。 初対面の丁重さをとうとうかなぐり捨てたケリーに、ラナートはレオナールらしく目を丸くして見せる。 「船長」 横からジャスミンが口を挟んだ。 「残念ながら違います。私はこれの両親の事を良く知っている。キングの息子という事は有り得ません」 そう、両親がいないという事を良く知っているのだ。 ジャスミンは真顔で、夫で遊ぶのに息子をダシにするのはここまでだ、と視線で告げた。 (私の息子でもあるんだぞ?) 笑みを含ませた声なき声は、きちんと相手に伝わったらしい。やはり笑みを含んだ視線で応え、そうですか、とレオナールは頷いた。 「なにしろ五十年も昔の事ですから……記憶違いでしょうね」 「そうですとも」 ジャスミンがしっかり頷いた時だ。 ケリーの腕の通信機が音を立てた。 「ケリー、大変!」 ひどく切羽詰まったダイアナの声である。 「どうした、ダイアン」 その場にさっと緊張が走り、通信機に視線が集まる。ケリーが鋭い声で応答し――次の瞬間、場の空気は崩壊した。 「わたし、誘拐されちゃったわ!」 「…………」 「…………」 「…………」 「……あぁん?」 事態を把握できずに瞬くダン、いぶかしげに眉を寄せるジャスミン、それはそれは疑わしそうに問い返すケリー、そして――笑いをこらえるラナート。 「強面のおじさん達が乗りこんで来て、出航しろって言うんですもの。逆らえなかったの」 悄然と言って、ダイアナは映像を送って寄越した。四十五年ほど前は若造だったが、見覚えがあるような気のする男が数人、見慣れた船内に乗り込むところだ。 「…………」 「誘拐とは穏やかじゃありませんな」 心配そうに眉を寄せて様子を窺う“レオナール船長”は、かつての配下達の順調な仕事振りに内心満足気に頷いている。 「っの野郎……」 ケリーは低く唸ったが、ここでラナートを怒鳴りつけるわけにはいかない。代わりに通信機に噛みついた。 「ダイアン、てめぇ! 奴にたぶらかされやがったな!?」 船に入った通信はダイアナが管轄する。ケリー宛の通信はダイアナの知るところとなるが、ダイアナ宛の通信というものがどれほどあるのか、そもそもあるのかどうかすらケリーは知らなかった。知らぬ間にラナートと密約が交わされていた事は疑いない。 「ひどいわ、ケリー。心配してくれないのね」 わざとらしく嘆く感応頭脳。 「誘拐されたというお嬢さんにその言い方はないのでは?」 わざとらしく非難するレオナール船長。 ダイアナが誘拐されるという有り得ない事態にダンは困惑し、状況を察したジャスミンはひたすら笑いを堪えている。 ケリーは頭を抱え、嫌そうにラナートを一瞥すると低く言った。 「それで、要求は」 「まずはゼルタ宙域のラセリアまで来いって」 人質のはずのお嬢さんが要求を伝える。 誘拐の体裁を整えるために――ダイアナの言い訳のために――乗りこんで貰った元配下達は、ラナートの言いつけ通り客室のひとつに閉じこもっているはずで、操縦席は空のまま、それでも船は指定の場所へ向かっているはずだった。 おや、とダンがレオナールを見やる。 ゼルタは南部宙域で、ラセリアはレオナールの商いの本拠地であった。 「警察へは?」 「……いや」 「でしたら乗って行かれますか。これからそこまで帰るのですよ。自分で言うのもなんですが、レンタル船より性能はいい。早く着くでしょう」 船ごと乗組員を持って行かれたと思っているはずのレオナールが、こんな申し出をしても不自然ではない。 「……そうですか、ではお願いします」 言いながらケリーは立ち上がった。ダンに無言の挨拶をして背を向ける。 ラナートはそれを追うように部屋を後にしたが、ジャスミンは立ち上がらなかった。痴話喧嘩の現場に居座るほど無粋でもない。 ケリーが聞いたら目を剥いて怒りそうな事を考えつつ、扉が閉まった瞬間に堪えきれず吹き出した。 「お母さん……」 ダンが呆れたような声を漏らすが、ジャスミンの笑いは止まらない。状況を考えれば不謹慎とも言えたが、これが笑わずにいられるものか。 ダンは深々と溜息を落とし、閉まった扉に目をやって少しだけ心配そうに呟いた。 「ダイアナが誘拐というのは……」 「なに、昔馴染みの悪ふざけだ。あの男がこってり絞られれば片が付く。心配しなくていい」 尚もくつくつと笑いながら、ジャスミンは思う。 さて、ラセリアでは一体なにが――誰が、かもしれないが――待ち構えているのやら。 その夜、ジェームスの端末に簡単な通信文が届いた。 父の元を訪ねたはずのレオナールの首尾と、来ていたはずのケリーが居なくなっていた事を気にしつつ、約束通りジャスミンにロッドの稽古をつけてもらってヘトヘトだったジェームスは、夕食もそこそこにすでにベッドで夢の中だ。 ――残念だが、ミスタ・クーアはキングの息子でも孫でもなかった――。 本人だから、とはもちろん書かないレオナールの通信文が開かれるのは、故に翌朝の事になる。 ―― Fin...2009.04.28
なんだか不安でいっぱいです。報復らしい報復になってない気がしてなりませんが、どんなもんでしょうか?
おまけはいつの間にか消えてしまった「ケリーの奥さんに聞いてみる」展開のメモ書きです。 元拍手おまけSS↓ ケリーの奥さんに聞いてみた 「ジャスミンはケリーの奥さんだよね?」 「そうだが?」 「じゃあさ、ケリーのお父さんに会った事ってある? 結婚式の時とかに」 「ないな。そもそも式は挙げていないし」 「そうなんだ?」 「ああ」 「でも話を聞いた事くらいあるでしょ?」 「ない。その必要もない。あれはわたしの夫で、宇宙一良い男で、船乗りとしてはこの上ない変態だ。わたしにはそれで充分だ」 「――は?」 何かいま、最後に変な単語が付かなかったか。 「……へんたい?」 「そうだとも。あんな変態はそうそういないぞ」 いい意味とは思えない言葉を自慢げに言われ、ジェームスは絶句した。 もちろん悪くない意味だってある。蛙が変態するのは当たり前だ。当たり前だが、人は普通変態しない。人を指して使う場合意味は限定されてくるわけで、となれば自慢気に言うのはハッキリ言って変だ。 もちろんジャスミンは真面目に褒めているのだが、そうは聞こえない点に問題があった。 「そ、そうなんだ……」 ジェームスは引き攣った笑いを浮かべて言葉を濁す。 ――変態。 辞書によっては“普通でない、異常な”というだけの意味もあるにはあるのだ。 どこがどう普通じゃないのか突っ込んで聞けば、ジェームスが知りたかった答えを得られたかもしれないが、十三歳の少年にそれを求めるのは酷というものだろう。 うやむやにする気は特になかったジャスミンによって、しっかりうやむやにされてしまったジェームスは、結局追求を諦めたのだった。 文章、画像の無断転載、転用、複写禁止
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