ジェームス君の憂鬱 3
Written by Shia Akino

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ちょっと回りくどいけど念入りに報復してやろう

 ケリーと連絡を取るのは不可能ではない。
 海賊船だった頃のダイアナは外装も船籍も回線番号も頻繁に変えていたが、いくつもサーバーを経由する馴染み用の専用回線は護衛船となってからも閉じなかった。今も生きていると見て間違いない――が。
 よう、生きてたか――などと平気な顔で笑われては、癪に障る事この上なかろう。
 黙りこんだジェームスを確認して、ラナートはズレにズレた感のある話題の軌道修正を図った。
「その人がキングと血縁関係にあるかどうか、だったね?」
「ああ。うん。――はい」
 どうやらすっかり忘れていたらしいジェームスが慌てて頷く。
「ケリー・クーアっていう辺境の船乗りです。父さんの友達なんだけど、知ってますか?」
 知っているどころの話ではないが、また凄い名前だな、と言ってラナートは笑った。大抵の事は苦もなく受け流すケリーに、どんな報復を行えばダメージになるかを計算しつつ、聞いた事があれば覚えているだろう、と素知らぬふりを保つ。
「映像はないのか」
 非合法な立場に置かれているだろう今現在、そんなものを残すような真似はしてないと見越して問うた。
「……持ってないんだ」
「そうか」
 遊園地行った時撮ればよかった、とジェームスがぼやく。
「まあ――会えば似てるかどうかくらいは分かると思うが」
 何気ない風のラナートの言葉が、報復劇の幕開けだった。



 その日、ケリーとジャスミンはいつものごとく息子の事務室を訪れて、のんびりとお茶を飲んでいた。放課後にはジェームスと落ち合う予定で、ロッドの稽古を約束している。
 いつもと違ったのは、マクスウェル船長に惑星外から来客のあった事だ。
 事前の連絡もなしにひょっこり顔を出すのはこの人には良くある事だったが、応対に出たダンは少々慌てた。
 ここには今、あんまり紹介したくない人が二人居る。
 ジェームスと示し合わせ、わざわざ居る時を狙ってやって来たなどと知る由もないダンは、しかし帰ってくださいとも言えずに仕方なく相手を招き入れた。
 言わずと知れたレオナール船長である。
 ジェームスとの通信から十日ほどが経っていた。ケリーとレオナールを引き合わせる適当な理由が思いつかない――血縁云々は言いたくない――というジェームスに、レオナールは偶然を装うという策を授けている。
 打ち合わせ通りにジェームスが舞台を整える間、ラナートはただ漫然と時を過ごしていた訳ではなかったが、ケリーに連絡はしなかった。
 そうして、レオナール船長とクーア夫妻は顔を合わせた。
 ケリーとは、死んでいた期間を除いても直接会ったのは十数年ぶり。
 ジャスミンに至っては、実に四十数年ぶりの再会である。
 その時、三人はほぼ同時に僅かながら目を見張った。
 大型夫婦二人は、予想外の人物の登場に。
 レオナール船長は、予想以上に昔のままの“その人”の姿に。
 それからすっと目を細めた船長は、初めまして、と誰が見ても魅力的だと言うに違いない笑みで握手を求めた。
「初めまして、ケリー・クーアです。こちらは妻のジャスミン」
 表面上にこやかに応じながら、まずい、とケリーは内心引き攣る。
 これは怒っている。どうやら相当怒っている。並の者なら窺い知る事は出来まいが、なんとか読める程度にはいいかげん付き合いも長い。心当たりがあるだけに冷や汗ものだ。
 別に忘れていたわけでも、故意に無視していたわけでもないのだが。
 初対面を装った、本名ですか? との問いに頷きながら、ケリーは激しく動揺していた。
 ここで会ったのが偶然か計略かは分からないが、まずい事にダン・マクスウェルの目の前なのである。一応初対面を装ってはくれたが、相手は相当怒っている。うっかりするとバラされかねない。
 レオナールが銀星ラナートであり、キングがクーア総帥となってからも親交があったなどと暴露されれば、いまケリーが持っているあれとかこれとかの情報の出処が筒抜けるのだ。それはまずい。非常にまずい。
 余計な事言うんじゃないぞ、てめぇ――視線だけで釘を刺せば、これまた視線だけの含み笑いが返ってきて、ケリーは背を粟立てた。
「マクスウェル船長――実はあなたに話したい事が」
 改まって重々しく切り出すレオナール。
 挨拶を終えた一同は皆立ち上がった状態だったのだが、腰を下ろす間もなかった。
「待てラ……レオナール」
 焦ったケリーが横から口を出す。
  (おまっ! まさか名乗る気か!? 余計な事は言うなって!)
(知ったことか。お前が悪い)
(分かった悪かったやめてくれ!)
(さあて……)
(頼むから!!)
(貸しひとつ。いいな?)
(ああくそっ、分かったよ!)
 以上、不自然な程の間はあかない超高速での視線のみの会話である。
 立ち入った話なら俺達は席をはずそうか、と続けたケリーの言は、先の慌てたような呼び掛けには不似合いだったが、不自然というほどではなかった。
「いえ、構いません。大した話ではないのでそのままで」
 レオナールが答え、何も知らないダンが一同に席を勧めて飲料サーバーへと向かう。
 腰を下ろした三人は、ケリーとジャスミンが並んで座り、ラナートに向き合う形となった。
 視線での会話に気付いていたジャスミンは、余人の入り込む隙のない気心の知れた遣り取りに密かに笑いを噛み殺している。もちろん内容までは分からないが、なにがしかの協定が交わされた事は疑いない。
 怒っているらしい事もその原因も、戻ってきた事に対する驚きや疑念がなかった理由も推測で導き出したジャスミンは、向かいの老紳士をまじまじと観察して溜息を吐いた。
(相変わらず、まあ……)
 いい男だ。
 あれから四十数年が経ったとは思えないほど若々しいが、年をとったせいか落ち着いた物腰に磨きがかかり、どっしりとした風格には威厳が加わって目を見張る程だ。もともと体格がいい事もあるし、連邦首相ですら見劣りするに違いない。
 そして、相変わらずケリーに惚れ抜いている。
 旧知の間柄だとはジャスミンにもいえる事であるのに、ここまで一瞥もくれていないのだから恐れ入る一途さである。
 ラナートはここでようやくジャスミンにも目を向け、久しぶりだな、と声を潜めて笑った。
「“久しぶりだな”じゃねえよ……」
 疲れたようにケリーが呟く。
 弱みは自覚しているものの、借りを作らされた身としては恨みがましい声音も致し方なかろう。
「甘いな、キング。おまえより私の方があれとの付き合いは長いんだ。今更言えると思うか?」
 あれ、と飲料サーバーに立つダンを目線で示し、ラナートは目を細めた。
 名実共に父親だった期間が十四年のケリーに比べ、レオナールとダンとはもう三十年からの付き合いになるのだ。
 その間、名や立場を偽り続けているだけではなく、実の父親と情報の遣り取りも行っていた。そこには当然、ダン・マクスウェルの個人的な事柄も含まれていたのである。
 親愛の情に端を発する揶揄や皮肉に本気で傷つくほどダンももはや幼くはないが、信頼していた人物に騙されていた、裏切られたということになれば、それは誰だって深く傷つくものだろう。
 恨まれるだけなら気にしなければいいだけの話で別に構わないが、傷つけたいわけではなかった。嘘は吐き通せば真実にもなる。もとより言うつもりはなかったが――。
「貸しは貸しだぞ」
 ニヤリと笑んでラナートは念を押した。
 キング・オブ・パイレーツの、ほとんど唯一と言えそうな弱みが手中にあるのだ。ここで使わずにどうする。
「分かってる」
 苦りきってケリーが答えたところで、ダンがトレイを手に席へ戻った。
 向かい合わせの二人掛けソファの片方は大型夫婦に占拠されており、必然的にレオナールの隣に腰掛けるはめになって、ダンはちょっと肩を縮めた。
 向かいの二人も隣の一人も、身体の大きさだけでなく妙に迫力のある人達だ。ダンとしては少々息苦しい。
「それで、船長。お話とは?」
 微妙な空気に首を傾げつつ、初対面ならこんなものかと結論付けて問うた。
「実は本社を移転しようかと考えていてね。この辺りでいい物件はないだろうか」
 素知らぬ顔でラナートが答える。
 船乗りとしては引退したが、貿易商としては現役の“レオナール”はゼルタ宙域に貿易会社を持っていて、本来ならば船長ではなく社長、もしくは会長と呼ばれる立場になっている。
 ダンを騙すためだけでなく、実際にその会社は存在した。雇い人の大半はかつての配下とその縁者であり、今となっては名乗りたくもない“海賊”の呼称は捨てて久しい。
「そういうことでしたら、私より不動産に詳しい方に尋ねた方がいいでしょう」
「いや、中央とは縁が薄くてね。心当たりがないのだよ」
「わかりました、当たってみます」
 頷いたダンは若すぎる母親に視線を移した。彼女自身が不動産に詳しいとは思えないが、頼めば良さそうな物件の十や二十はすぐに見つけてくれるだろう。
 目顔で頷いたジャスミンにちらと笑みを返し、後日連絡します、とレオナールに告げる。
 今ここで紹介してしまうわけにはいかなかった。通信ひとつでクーア土地開発部門総責任者がすっ飛んでくるような事態は、断固として避けなければ。
 恐ろしい想像にげっそりとなったダンは、それ以上にげっそり――というかぐったり――しているケリーには気付かなかった。


次へ 普通に続くちょっと回りくどいけど念入りに報復してやろう
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 これはいったい誰ー!?(蒼)
 ……ごめんなさい、普通に続きます。
 報復だか嫌味だか分からない話に。あの選択肢の意味は……?
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