―― 両者の類似
Written by Shia Akino
[RED CloveR]→textの三次小説です
 風もないのに、がさりと枝の揺れる音が頭上から降ってきた。
 王宮の奥棟を囲む広い庭、野趣溢れる趣に仕上げた丈高い木々の並ぶ一角である。
 がさりぎしりと音は続いた。鳥ではない。もっと大きな生き物の気配だ。
 不審な物音に女官長は頭上を見上げ――途端、悲鳴じみた声を上げた。
「ケリー様!? 何をしているのですか!!」
 恐ろしく高所に位置する枝に立ち、更に上の枝に手を伸ばしていた少年が、カリンを見下ろして頭上を指す。
「いや、あれを取ろうと」
 指の先を目で辿れば、ほとんどてっぺんと言える辺りに何やら布のようなものが引っ掛かっていた。色鮮やかな朱赤の地――紋様までは見て取れないが、恐らく女物のスカーフだろう。風で飛ばされたものと思われる。
「そんな、衛兵なり庭師なり呼びにやればよろしいでしょう!」
「冗談。呼びに行ってる間に取れちまうよ」
 不安定な枝の上で器用に肩を竦め、少年はひょいと次の枝に移った。
 下から見上げているだけでもめまいがするような高さである。危なげない動きではあったが、慰めにはならない。
 どうかいま強い風を吹かせたりしないでくださいライモール様――もう声を上げることも出来ず、カリンは胸の前で両手を組んで神に祈った。
 ぞっとするほど細く見える枝に取りついて、少年はなんなく目的の物を手に入れる。くるりと丸めて懐に押し込み――それから、無造作に飛び降りた。
「――っ!!」
 カリンの悲鳴は声にならない。
 ザッ、ザッ、ザッ――と、幾度か枝が大きくしなって音を立てた。
 着地の衝撃を膝で吸収して、少年が地面に降り立ったのは瞬きの後――枝はまだ上下に大きく揺れている。
 ただ落ちたのであれば無事では済まなかっただろうが、少年は落下途中の枝に手をかけて反動を利用しながら速度を殺したのだ。見ていたのが男性陣の誰かであれば、猿のようだとでも言ったに違いない。
「……カリン?」
 両手を胸の前で組んだまま動かない女官長に、ケリーは首を傾げた。血の気の引いた顔を覗き込み、大丈夫か? と声をかける。
 どうやら“普通の”女性には、いささか刺激が強かったらしい。ポータブル・ジェットもパラシュートもなしに身一つでビルから飛び降りることを思えば、どうという事もないのだが。
「ケリーさま……」
 おどろおどろしい空気を立ち上らせつつ、女官長が一喝する。
「今後、王宮で木登りは禁止です! よろしいですねっ!」
 そのあまりの迫力に、ケリーはぱちくりと瞬いた。
 小柄で小太りの身体には威厳とさえ呼べるようなものが満ちて、一回り大きくなったようにも見える。
 小さな子供であれば即座に泣き出すか、恐怖のあまり硬直するに違いなかったが、ケリーはちょっと笑みを浮かべた。
「心配かけたか? 悪かったな」
 怒気も顕わな一喝をやんわり受け流すような物言いに、カリンはがっくりと肩を落とす。気勢を削がれるとはまさにこのことだ。
「落ちでもしたら……どうなると思って……」
 的外れな危惧であろう事はカリンにも分かったが、かといって捨て置けるものでもない。
 半分泣いているような声に少年はもう一度苦笑して、すまなかった、と謝罪した。
「お詫びに何か手伝おう。――何かあるか?」
 心遣いはありがたかったが、まさか国王が後見する客人に雑用をさせる訳にもいかない。
 肩を落としたまま、女官長は力なく首を振った。



 数日後、この時の事を聞き及んでいた国王は、ケリーと話す機会を得た際に早速話題に出してみた。
「女官長がぼやいていたぞ。こちらの心臓を止めるようなことを当たり前にしでかして、そのうえ怒る気力まで根こそぎ奪う辺りがリィにそっくりだとな」
 有り得ない事と重々承知はしておりますが、もしや、と思ってしまいました――女官長はそう言って、深い深い溜息をついていた。
 負けず劣らず深い深い溜息をついて、ひでぇ冗談だ、とケリーがぼやく。
「だいたい、リィが帰って何年だ? 子供が生まれてここまで育つまでにどれくらいかかるか、誰も知らねぇのか。計算が合わねぇだろうが」
 実際は育ちあがってから縮んだのだが、それは言っても始まらない。
 なんとも言いがたい苦い顔つきのケリーに対し、ウォルは諦めたように首を振った。
「それは仕方なかろう、リィだからな。“王妃様の奇跡”というものだ。大方の者は“なんでもあり”だと思っている」
「……大方じゃない者は?」
「我々のように有り得ないと知っているか、騙りだと疑っているかだろうな」
「…………なにも騙っちゃいねぇってのに」
 疲れたように溜息をつくケリーに同意を示して見せてから、ウォルは腕を組んで難しい顔をしてみせる。
「しかしな、あちらとこちらでは時の流れが違うと言うではないか。よもやまさかと思うのも分からんではないぞ」
 実際、ケリーはリィと似たところがあった。姿形のことではなく、その在り方においてだが。
 なんとも形容しがたい沈黙が一瞬というにはいささか長く続き、ケリーがうっすらと笑みを浮かべる。
「……王様。俺は“あんたと”王妃の息子だと思われてるんだよな?」
「…………」
「他人事じゃねぇよな?」
「…………すまん」
 背筋が寒くなるような冷え冷えとした視線を向けられて、ウォルは小さくなって謝罪の言葉を口にしたのだった。


―― Fin...2008.04.15
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 どうにかして女官長と絡ませようとしたらこんな話に。
 さり気なく「木登り禁止」に頷いてないケリー(笑)
 おまけがもはやおまけじゃなくどっちがメインか分からない長さになっております。

 元拍手おまけSSは、続きを書いたので別ページで再UP。→[告白の行方 上]
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