―― 女王の来訪 1
Written by Shia Akino
設定違いの女王と海賊再会パラレル。
キングがデルフィニアから出て行って行方不明になる前に迎えが来た設定です。
著しくイメージを損なう事態に陥る危険があるので、引き返すなら今のうち。
「うそ……」
 特殊な機能があるらしいリィの指輪の気配とやらを目印に、ようやく繋がった“道”を通って目的地に出た途端、ジャスミンを先導していたルウの口から呆然とした風の呟きが漏れた。
 なにか手違いでもあったかと、ジャスミンは緊張を含んだ視線でルウを見やった。夫の天使はジャスミンなど目に入らない様子で、ただ呆然と周囲を眺め回している。
「ルウ?」
「信じられない――ここ、デルフィニアだ」
 元々白い肌の色が白を通り越して蒼褪めたかと思うと、ぱあっと血の気が戻ってきて頬がいきなり紅潮した。
「ごめんジャスミン! ぼく、エディ呼んで来る!」
「なっ――ルウ!?」
 慌てたジャスミンが呼び止める間もなく、黒い天使は姿を消した。
 窓の外に広がる広大な庭園は隅々まで美しく整えられ、澄んだ青空から朝の光が降り注いでいる。
 室内はどうやら財力のある人物の寝室のようで、どっしりとした寝台の他に繊細な意匠の洋燈やら瀟洒な小机やらが並んでいた。
 共和宇宙では部屋ごと“アンティーク”に分類されそうなそれらを眺め、伸ばした手を下ろしてジャスミンは独りごつ。
「……どうしろというんだ?」
 青い顔をした金の戦士に事態を告げられ、“ジャスミンはケリーの奥さんだから探しに行く権利がある”と言われて是非にと連れて来てもらったわけだが、もちろんこの世界の右も左も分からない。
 当然、夫の居場所を示すはずの指輪の気配とやらも分からない。
 ルウがいなければ“道”は通れないし、ならばここで待つべきかとは思うものの、見知らぬ人の寝室という場所である。家人に見つかれば面倒な事になりそうだ。
「海賊……おまえの天使は少し教育の必要がありそうだぞ」
 せめて危険の有無くらいは言っておいて欲しかった。
 “デルフィニア”を知らないジャスミンにとっては、リィを呼ぶ必要性が二人では対処できない大きな危険に起因するのか、他に理由があるのかすら分からないのだ。
 溜息をついて肩を竦め、ジャスミンはとりあえず扉へと足を向けた。



 前夜寝室に持ち込んで忘れてきた書類を取りにきたウォルは、扉を開けた途端に有り得ないはずの事態と直面した。
 誰もいないはずの室内、それも目の前に、人が立っていたのだ。
「!?」
 ウォルは咄嗟に間合いを取って身構えたが、相手もほぼ同じタイミングで間合いを取って身構えている。両者共にほとんど音を立てなかったので、廊下で立ち番をしている兵はなにも気付いていない。
 声を上げて人を呼ぶ事もできたが、ウォルはそうしなかった。
 相手が身構えただけでそれ以上動こうとしなかった事もあったし、ウォル自身と並んでもさほど見劣りしないだろう大柄な体躯でありながら女性だというのに気付いた事もあったが、気になったのはその服装だった。
 見慣れない――というより、デルフィニアでは見た事もない素材とデザインのその衣装は、強いて言えばケリーがこちらに来た時に身に着けていた物と良く似ていたのだ。
 あれは血塗れな上に大穴が開いていて、結局処分せざるを得なかったのだが。
 警戒は緩めずに構えを解けば、女性も同じように構えを解いた。先刻の動きもそうだが、女性とは思えない程に紛れもない戦士だ、とウォルは思う。
 女性の騎士とは二人ほど懇意にしているが、この女性はおそらく、そのどちらよりも“生き残る事"に長けている。
 大柄な体躯や炎のような髪を差し引いても、金に光る野生の獣のような瞳がその事実を告げていた。あの懐かしい面影と重なる厳しさだ。
 そこまでを見て取ってからウォルが口にしたのは、誰が聞いても頭を抱えるに違いない台詞だった。
「失礼だが――どなたかな? 俺はウォル・グリーク・ロウ・デルフィンという。そこは俺の寝室なのだが」
 サヴォア公爵なら間違いなく怒声を飛ばすだろうし、独立騎兵隊長ならばあるいは殴りつけていたかもしれない。なにしろここは国王の私室であり、相手は不審人物だ。失礼も何もあるわけがないし、問答無用で斬り付けてもいいくらいなのだ。名乗っている場合ではない。
 対する女性の方はといえば、もちろんそんな事とはまるで知らない。名乗られた場合の当然の礼儀として、姿勢を正して一礼した。
「これは失礼した。私はジャスミン・ミリディアナ・ジェム・クーアという。ここへは人を探しに来たのだが――」
「やはりケリーどののお迎えか!」
 クーアの姓を聞き、ウォルはすっかり警戒を解いて破顔した。大股で近寄って手を取ると、よくいらした、と歓迎の言葉を述べる。
 あまりにも明け透けなその態度に、女性はちらと苦笑を浮かべた。
「あの男をご存知とはありがたい。――無事でいるのか?」
 身内の安否を気遣う台詞は、ケリーがこちらに来た時の状況を思えば当然だろう。ウォルは真顔になり、すぐさま深く頷いた。
「無事だとも。すこぶる元気だ。すぐ呼びにやらせよう」
 明らかにほっとした風の女性の瞳から金の光が消え、青灰色の落ち着いた色合いに変化するのを見て、ウォルはようやくこの女性がひどく思い詰めていた事を知った。
 天の国でどれほどの時が経ったのかは知らない。
 だが彼女はその間ずっと、少年の無事を祈っていたに違いなかった。



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―― ...2008.06.04
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 茅田作品20作到達記念御礼小説。
 茅田キャラ人気投票(ケリー抜き)を行いまして、一位のキャラとケリーで話を書くという企画――当然のごとく、一位を取ったのは女王様でした。
 続きます。
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