―― 女王の来訪 5
Written by Shia Akino
設定違いの女王と海賊再会パラレル。
キングがデルフィニアから出て行って行方不明になる前に迎えが来た設定です。
著しくイメージを損なう危険があるので、引き返すなら今のうち。
 ジャスミンは当然、デルフィニアが大華三国の一といわれる大国である事を知らなかったが、もしこの時に知っていればさすがに驚いたかもしれない。
 人好きのする笑みを浮かべているその男に、巨大な組織を切り回す冷徹さは微塵も窺えないからだ。
 しかし、一方では納得していたかもしれない。
 リィの夫という点を差し引いても、ちょっと見ない程の懐の深さだ。
 つくづくいい男だなぁと感じ入っていると、低い位置から忍び笑いが耳に届いた。
「王様、あんまり隙を見せると女王に押し倒される羽目になるぜ」
 失礼千万な夫の台詞に対する抗議は、そうそれだ! という国王の声に遮られた。
「先程から気になっていたのだが……女王、とは?」
 これは普通、女性の国王に対して使う呼称である。
「ただの愛称だ、気にするな」
「では、海賊というのも?」
「まあ……そうだな」
 ケリーが頷いたそのときだった。扉が叩かれ、恐縮しきった侍従が入室を乞う。
 何用だ、と問うたウォルは返答を聞いて肩を落とした。至急の案件が出来たとの事で、宰相が国王とサヴォア公爵を呼んでいるというのだ。
 名残惜しそうに国王が、頭痛を堪えるような顔つきでサヴォア公爵が退出すると、我に返ったナシアスが茶器を調えてようやく一同は席に着いた。
 席に着くなり一息でカップを空にしたイヴンは、長椅子に座った二人を胡乱な目付きで見やる。
 腰かけていても一目で分かるほど長身の、大迫力の妙齢の女性。
 その隣で優雅にカップを口に運ぶ美貌の少年。
 ――どこからどう見ても少年。
「おまえら……変に勘繰られたくなければ、夫婦だなんて間違っても人に言うなよ」
 いくらか引き攣ったままでイヴンは念を押した。
 男女が逆であり、王族だとでもいうのなら有り得ない組み合わせでもないのだが、これでは変な目で見られる事は確実である。――主にジャスミンが。
 そのジャスミンはしかし、腕を組んで重々しく言った。
「しかしな、事実だぞ?」
「いいから! 義理の姉とでも言っとけ! 頼むから!!」
 余計な混乱は願い下げだ。
 頭を抱えんばかりのイヴンの様子を見て、ジャスミンは頷く。
「仕方ない。郷に入っては郷に従えと言うしな」
 ちょっと違う。
「よし、海賊。私は今からおまえの姉だ。お姉ちゃんと呼んでいいぞ」
 偉そうに胸を張ったジャスミンを半眼で見やるケリー。
「…………お姉ちゃん、迎えに来てくれて嬉しいよ」
 無表情な上に棒読みの台詞だったが、ジャスミンは途端に蒼褪めた。
「気持ちが悪いぞ!?」
「あんたが呼べって言ったんだろうが」
 ケリーは呆れ顔である。
「と、とにかく姉は却下だ、却下」
 珍しいくらい狼狽しているジャスミンとケリーは目を合わせ、何故かふいに動きを止めた。
 数瞬の沈黙――。
「じゃあ、おかあさん?」
 今度のケリーは小首を傾げ、にっこりと可愛らしく笑っている。
「やめろ海賊! わたしはこんな可愛げのない息子を産んだ覚えはない!!」
 即座に吼えたジャスミンは実のところ怒っているわけではなく、あまりの気持ち悪さに震え上がっているだけなのだが、身体が大きいだけにその威迫ときたら相当なものである。
「ひでぇ言いようだな。ちびすけの事は可愛がるくせに」
「当たり前だ!! ダニエルは可愛い!」
 当の息子がこの場にいれば、顔色をなくして逃げ出したかもしれない。
 可愛いと言われて逃げ出すのもおかしなものだが、とにかくそれほどの迫力だった。
 対して少年姿のケリーはといえば、それこそ震え上がるにふさわしい見目に反してどこ吹く風といった風情である。
 そもそも、妻に向かって“お母さん”などと口にする神経が尋常でない。子供に向かってその母親を呼んでみせるのとは訳が違う。
 その上ケリーは、爆発寸前の女戦士にニヤニヤ笑って追い討ちをかけた。
「世間一般からすれば、今のちびすけよりは今の俺の方が“可愛い”の範疇に入ると思うぜ?」
 ――正論だ。
 四十男と十代の少年を比べれば少年の方が可愛いに決まっている。
 自分で可愛いとか言うか普通!? という意見もあるだろうが、正論ではある。
 事実、ジャスミンは先程可愛いと口にしているのだが、しかし――。
「貴様……」
 地を這うような声を無視して、ケリーはいきなりイヴンに目を向けた。
「というわけで、姉だの母親だのってのは無理らしいぞ?」
 気勢を削がれたジャスミンが額に手をやって息をつくのをイヴンは見た。
 絶妙のタイミングである。
 仲が良くて結構だ。
 もう勝手にしやがれ。
 二人の会話の半分ほどは理解不能だったが、俺に分かる言葉で話せ、と言ったところでたぶん無駄。
 ケリーがルウに対して言うのとは似て非なる心境で、イヴンは早々に匙を投げた。
「だけどケリー。君の二の舞を避けるためにも、対外的に当たり触りのない身上は決めておいた方がいいと思うよ」
 ナシアスが代わりに口を開く。
 いささか強烈過ぎる人物の登場に――そしてその人のケリーとの関係に――すこしばかり呆然としていたのは事実だが、なにしろサヴォア公爵をして“狐”と言わしめる人である。
 王妃という前例もある。
 ここまでくればもはやイヴンよりも平静で、女性的な容貌に柔らかな笑みさえ浮かべていた。れっきとした女性のジャスミンよりもよほど優しげに見える。
 もちろんジャスミンはそんな外見に騙されはしなかった。敵に回して一番“厄介”なのは彼だろう、と看破している。技量としての“強さ”とは別の次元の話だ。
「二の舞――とは?」
 問い返されたナシアスは目を逸らした。
「いや、それは……」
 次に見据えられたイヴンが言葉を濁す。
 ケリーもやはり目を逸らして、無言のままの壮絶な押し付け合いが展開された。
「――海賊?」
 物騒な笑みを浮かべる女王にちらと目をやり、ケリーが諦めて溜息をつく。
「金色狼の息子だって噂が立っててな」
「……誰が」
「俺が」
「…………誰と、誰の」
「さっきの王様と“王妃さん”の」
「………………」
 しばしの沈黙の末、ジャスミンは大真面目に聞いた。
「…………笑っていいか?」
「笑えるもんならな」
 ――笑えない。
 覚えず唸り、頭を抱えた。
 リィの反応を思うと恐ろしすぎる。
 しかも、ルウはその少年を迎えにいっているのだ。彼が遠からずこちらに来ることは、ほとんど確実なのである。
「なんだってそんな事に……」
「それは俺が聞きてぇよ」
 しつこい噂にうんざりしているケリーは息を吐いて、ぐったりと背凭れに寄りかかった。
「そういう訳ですから、クーア夫人。無理にとは申しませんが、滞在中ケリーを迎えに来た母親として振舞っていただければ、それが一番ありがたいのですが」
 幸い母子に見えない事もないですし――と、ナシアスはにっこり笑う。
 ケリーとジャスミンに見た目の共通点はないのだが、雰囲気というか纏う空気が似ているので、親子だと断言されれば納得してしまう程度の説得力はある。
 確かに、実の母親が出てきたとなれば間違った噂は消えていくはずだ。
 ジャスミンでいい、と返した女王はなにやら考える顔つきで、その顔にだんだんと笑みが浮かぶのをケリーは嫌な予感と共に見守った。
 案の定、答えた声は弾んでいる。
「いいだろう。十代の息子の母親というのもやってみたかったんだ」
 だから何故そこで嬉しそうなんだ――とは、イヴンの感想である。
 ついさっき震え上がってたのはどこのどいつだ、とケリーは言ったが、その気になったジャスミンは当然取り合わなかった。
「さっきは油断していたからな。もう大丈夫だ。――よろしく頼むぞ、息子よ」
「………………」
 今度はケリーが鳥肌を立て、ひでぇ冗談だ、と呻いて顔を覆う。
 だがケリーは、やると決まれば完璧にこなす人でもあった。
 両者共に、茶目っ気も演技力も存分に持ち合わせている。
 ここがあちらの世界なら蒼くなって止める者が幾人もいただろうが、幸いというか不運にもというか、ここには誰もいなかった。
 こうして、クーア夫妻改めクーア親子は、王妃と王妃の間男が来るまでデルフィニアに滞在する事となったのだった。



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―― Fin ...2008.06.14
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 イメージ破壊その二、母子関係(笑)
 ――ごめんなさいごめんなさいすみませんっ!
 でもこれでジャスミンがデルフィニアにいる下地が出来ました。このバージョンで他にも書くかもしれませんが、とりあえず一区切りとさせてくださいませ。

  元拍手おまけSS↓

 後日のある一場面――。

「それはさすがに無茶だろう、母さん」
「何を言うんだ、息子よ。私はそんな軟弱者を産んだ覚えはないぞ。おまえも男ならどーんと行け!」
「産まれた覚えもねぇけどな……」
「何か言ったか?」
「いんや、なんにも」

 ――呼び名以外はあまり変わらない二人であった。
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