―― 女王の来訪 4
Written by Shia Akino
設定違いの女王と海賊再会パラレル。
キングがデルフィニアから出て行って行方不明になる前に迎えが来た設定です。
著しくイメージを損なう危険があるので、引き返すなら今のうち。
「ぅわっ!」
 突如響いた悲鳴に一同が改めて二人に目をやると、無事を確かめ終えたジャスミンが破顔してケリーを抱き上げたところだった。
「ちょ、女王! 持ち上げるんじゃねぇ!!」
 夫を抱き上げる妻の図――有り得ない。
 目を見張るほど背の高い見栄えのする体格の女が、これまた目を見張るほど綺麗な顔立ちの少年を抱き上げている場面は、それだけ見ればなかなか絵になる光景だった。連邦大学であればカメラを取りに走る者が出たかもしれない。
 しかし、自分の夫が息子とさえ言えるほど若返ってしまっているというのに、何故に彼女は嬉しそうなのか。
 唖然とする男達を尻目に、ジャスミンは晴れ晴れと笑っている。
「いやあ、可愛いなぁ。ダニエルもこのくらいの頃はこんな感じだったのかな?」
「放しやがれ!」
 抱え上げられた不安定な姿勢にしては強烈な拳がジャスミンを襲った。慌てて放り投げれば、ケリーは空中で器用に姿勢を整えて着地する。
「何をするんだ、海賊」
「それはこっちの台詞だ、女王」
 両者の間で火花が散った。
「抱っこくらいさせてくれてもいいじゃないか。私はダニエルがそれくらいの年の頃を知らないんだぞ」
 不満そうにジャスミンが言えば、冗談じゃねぇよ、とケリーが吐き捨てる。
「そもそもちびすけだって、上の学校上がる頃には抱き上げさせちゃくれなかったぜ」
「そうなのか?」
「当たり前だ!」
「そうか。なら仕方がない」
 残念そうに息を吐いて、ジャスミンは肩を落とした。
 なんだかもう……なんなのか。
 バルロは不機嫌な顔つきのまま固まっているし、ナシアスは当たり障りのない笑みを浮かべたまま心ここにあらずだし、イヴンは引きつったまま遠い目をしている。
 ただ一人ウォルだけは、王妃に散々おかしな奴だと言われた度量を遺憾なく発揮して、いち早く立ち直っていた。
「話はついたかな、おふた方」
 笑みさえ浮かべてそんな事を口に出来る国王に、ケリーは改めて感心する。
「王様、あんたとことん大物だな」
 くつくつと笑いながらの台詞に、王様? とジャスミンが首を傾げた。
「なんだ、聞いてないのか。リィの旦那だよ」
「――ああ! “王妃さん”というやつか! だからリィを呼びに行ったんだな」
 置いて行かれた理由が分かって、ジャスミンはポンと手を打った。こちらに来て初めて“ここ”が“そこ”だと分かり、慌てたのだろう。
 迎えに来て即座に帰ったルウの話を聞き、ケリーは眉を寄せた。
「――じゃあ何か? 天使が戻って来るまで帰れないし、元の身体にも戻れないって事か?」
「そういう事だな」
「いつ戻る」
「わからん」
 はっきりきっぱり言い放たれてケリーは思わず額を叩き、ひでぇ冗談だ、と呻く。
 それを聞いて首を傾げたのは国王だ。
「クーア夫人。貴女はケリーどのを迎えにいらしたのではなかったのか?」
「ジャスミンで結構です、国王陛下。――それは確かにそうなのですが、“道”を知っている友人が私を置いて帰ってしまったもので、その友人がまた迎えに来てくれるまでは帰れません」
 きびきびとした物言いにウォルは少し目を見張り、それから笑んだ。
「ルーファス・ラヴィーどのだな。――では、彼が来るまで王宮に滞在なさるといい。部屋を用意させよう。それから、俺の事はウォルでいいぞ」
 普段ならここでバルロの怒声が響くのだが、彼はいまだに固まっていた。それをいい事に、敬語も無しだ、とちゃっかり付け加える。
「それは助かるな。ありがとう――ウォル」
 身体の大きさに目をつぶれば意外に女らしい容貌のジャスミンは、自身のそれよりいくらか高い位置にある稀有な瞳を見上げてにっこりと笑った。
 もうしばらく滞在すると分かり、遠からずルウとリィがやってくる事を知って嬉しそうなウォルは、もとより満面の笑みである。
 夫も臣下も置き去りにして、なにやらにこにこと二人の世界を形作っている女王様と国王陛下であった。



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―― ...2008.06.12
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 イメージ破壊その一。抱っこされるケリー(笑)
 投票のコメントでは“元の身体の”ケリーとジャスミン、というご意見が結構あったのですが……これがやりたかったのですゴメンナサイ!!

  元拍手おまけSS↓

 その頃――。

「だからその……ゴメンってば! もうほんとにビックリしちゃって、早くエディを呼んでこなきゃ、って――」
 ルウは居たたまれなさに身を縮めて、それでも精一杯訴えた。自分が悪いのは重々承知しているが、あの時の驚きと混乱だけは是非とも分かって欲しい。
 だが、金の戦士は険しい目線を少しも緩めてはくれなかった。
「それで、ジャスミンを置いて来たわけだな?」
「う。……はい」
「そのうえ“道”を固定するのを忘れた、って?」
「…………はい」
「どういうことか説明してくれるかしら、天使さん?」
 ダイアナは先程から極上の笑顔だ。彼女の方がよほど天使に見える。
 悄然と項垂れたルウは答えない。
 金の戦士がそれを睨んで、代わりに答えた。
「つまり、罠を張ってようやく生け捕った鳥を籠に入れずにその場に置いて、白い鳥だったよと報告に来たようなもんだ。この馬鹿は」
「……逃げるわね」
「当然だな」
「つまり、また最初から罠を張るってことなのかしら?」
 尚も笑顔のダイアナに、ルウはもう声も出せずに頷いた。それに呆れたような溜息をついて見せて、ダイアナはいささか意地の悪い質問を口にする。
「ケリーとは会えたの?」
 びくぅっ、と、ルウの肩が揺れた。
 会ったのなら連れて帰っている。こんな窮地に追い込まれてはいないだろう。
「――つまり、無事も確認せずに帰ってきた、と」
「あ、それは大丈夫! 無事! ちゃんと生きてる!」
 ひんやりとした相棒の声に、ルウは勢い込んで言い募った。もう必死だ。
「さすがにここからじゃ分からないけど、同じ次元に立てば生きてるかくらいは分かるよ。絶対無事!」
「そう、良かったわ。――でもね、天使さん。こことは時間の流れが違うって聞いた気がするのだけど?」
 こちらでぐずぐずしている間に、あちらで五十年や百年経ってしまう可能性だってないとは言えない。
「おれが前に行った時は、こっちの十日が向こうの六年だったな」
「また最初から罠を張るのよね?」
「今度はどれくらいかかるんだ?」
「ねえ、天使さん――」
 にっこり。
 ジンジャー顔負けの輝くような笑みである。
 怖い。――怖すぎる。
「私は、またあの二人と会えるわよね?」
 がくがくとルウは頷いて、ケリーもジャスミンもそうだけどダイアナの事も二度と怒らせないようにしよう、と誓ったのだった。
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