―― 家族の休日 おまけ
Written by Shia Akino
「ダイアン、アルバムの検索を頼む」
 酒宴の最中、ふと思い付いたようにケリーが言った。
 学生時代の逸話やら会社を興してからの話やら、過去のあれこれで散々弄ばれたダンは、投げやりな気分で杯を呷り、今度は何だ、と横目でそれを見やった。
「あれは五歳の誕生日だったか、六歳だったか……」
 首をひねるケリーにダイアナが弾んだ声をかける。
「六歳よ、ケリー。これでしょう?」
 端末に映しだされた映像を見て、ダンは悲鳴を上げた。
「お、とう……ケリー!!」
 画面の中では、小さな男の子が身も世もなく号泣している。顔を覆ったり俯いたりしない、子供特有の豪快な泣き方だ。
 音声はなかったが、それが誰かはすぐに分かった。
「こりゃあれだ。大好きな先生に亭主がいるって判明したときだ」
 笑い含みでケリーが説明を加える。
「誕生日に告白するって決めてたらしくてな。言ったはいいがお断りされちまって、どうにか泣かずに帰ってきたんだが、帰ってきた途端にこれだ」
 ジャスミンは目を細め、愛らしいと言うには少々凄い事になっている幼い息子の泣き顔を、食い入るように見つめている。
 これが自分でなければダンだって微笑ましく見守れたのだが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている男の子は間違いなく自分だ。ダンは赤くなったり青くなったり忙しい。
 端末を奪い取って叩き壊してしまいたい程だったが、この両親がそれを許すはずもなかった。
「こん、こんな映像いつ撮ったんです!?」
「だからおまえの六歳の誕生日」
「カメラなんて持っていましたか!?」
 持っていなかった、とは言い切れないのだが。
 大好きだったらしい先生の顔すらもうおぼろげで、こんな事があったなどとは欠片も覚えていないのだが、本気で泣いている時に真正面でカメラを構えられればさすがに怒るだろうと思う。映像にはそんな気配はない。
「いやだわ、ダン。ケリーの右眼は義眼なのよ? 知らなかった?」
 ジャスミンの手元の端末とは別に室内の通信画面が起動して、ダイアナが明るい声を上げた。
「知っていますが、それがどう――」
「私との同調装置になってるの」
 そう、そういえばそうだった。ルウの力で事務室に出現したスクリーンの中で、情報局長官に向かってそう言っていた。
「だからね、ケリーが見たものは私にも見えるのよ。もちろん映像を拾うには、ある程度近くにいないといけないんだけど」
 邪気のないダイアナの台詞に、ダンの顎がかくんと落ちる。
 ではもしかして、あれとかあれとかあの時なんかの映像も残っていたりするわけか。
 あれとかあれとかあれなんかも残っていたりするわけか!?
「プライバシーの侵害です!!」
「父親の特権ってもんだろう」
「ダイアナに見せる事はないでしょう!?」
「ダイアンは感応頭脳だぜ? おまえ、フェリクスにいちいち“見るな”って言うわけか?」
「フェリクスの管轄は船内だけです!」
 拳を握って叫んだダンに、ケリーが憐れみの視線を投げる。
「忘れてるみたいだけどな、ちびすけ。これはクーア・キングダム船内、それも個人の船室じゃなく事務室だからな。フェリクスだって知ってるさ」
「………………」
 ダンはもはや声も出ない。
「そして見せてもらうのは母親の特権だ。――海賊、もっと見せろ」
「はいよ」
 両親は楽しげだったが、ダンは絶望的な気分に陥った。
 面映いというか腹立たしいというかなんというか、もう飲む以外にどうしろと。
 手にした酒杯を一息で空にし、手酌で注いでそれも飲み干す。
 画面には、かろうじて人だと分かる絵を掲げ、得意そうに胸を張る幼いダンが映っていた。



本編へ
―― Fin...2008.09.27
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
名付けるならば、『二日酔いの原因』(笑)
文章、画像の無断転載、転用、複写禁止
Copyright©Shia Akino