宝剣の秘密 上
Written by Shia Akino
 レザン海運は表向き、船も持たないごく小さな貿易会社であるが、裏に回れば密貿易で財を築いた一大組織の本部でもある。
 国内外の傘下の組織は末端までを含めれば数十を数え、中には表立って名を馳せる大会社も存在するし、裏向きに名の通った中堅組織も含まれるのだが、各々の繋がりが表沙汰になることは決してなかった。
 当然レザン海運をどう突こうと裏組織との繋がりなど出ては来ないし、別名義になっている大会社が実はレザンの配下だという証拠もない。
 裏社会でレザンの名を知らぬ者はまずないと言ってもいいのだが、その全貌を把握するのは極一握りの人間だけだった。
 その一握りのうちの一人、会長のアルガノート・レザンは、これも表向き他人の名義になっている屋敷の一室でその夜珍客を迎えていた。
 表向きには清廉であるべき国の中枢――独立騎兵隊長と国王その人、である。
 これは普通、有り得ない。
 単なる貿易会社の隠居に国王が用のあろうはずもないし、裏社会の人物に対してならば用などあってはならない。
 更にいうなら、進んで国王に会おうという裏の大物などいるはずもなかった。誼を通じ、あるいは弱みを握って利用するには、国王という地位は高すぎるのだ。
 レザンの会長を前にして、イヴンは実のところ呆れていた。
 イヴンがウォルに、裏社会の大物と渡りを付けて欲しい、と頼まれたのは数日前のことだ。
 その更に数日前、王家の宝物庫から装飾品の類が盗まれている事が判明したのである。
 なんとも間の抜けことに、最後に確認されてから盗難が発覚するまでの半月ほどの間、いつ盗まれたものか判然としないという。
 盗品の流通は裏の仕事だ。
 その裏の手を借りるというのは誉められた手段ではないが、手っ取り早くはある。
 かねてより付き合いのある情報屋を通じ、レザンの会長が案外物好きな性格だという事を聞き知っていたイヴンが会見を打診して数日――思いがけず迅速に了承の返事があった。
 繰り返すが、進んで国王に会おうという裏の大物などいるはずがない。それが表向きには一介の楽隠居で通っているのなら尚の事、裏組織の重要人物としての会見を了承するなど、いくら証拠がないといっても自身の首を締める事に繋がりかねない。
 物好きにも限度があるだろう、と思いつつ、イヴンは柔らかなソファに埋まっている小さな老人を見やった。
 白髪白髭に糸のような目をして、身体つきはふくよかだが子供のように小さい。一見したところは単なる好々爺である。
「お話は分かりましたが……はて、盗品の行方を調べて、儂になんの得がありますのかな?」
 おっとりと辛辣な台詞に、対峙する国王は困ったように息を吐いた。
「申し訳ないが、俺の立場では違法行為に便宜を図るというわけにもいきません。金品を差し出すのも具合が悪い。この盗難が貴方の指示した事ではないと確信できる、というのではいけませんか」
 馬鹿正直で生真面目な答えである。あまり利口ではないが誠実だ――と、会長は細い目を更に細めた。
 生真面目なことを言うわりに、裏の手を借りようという柔軟性がある。それでいて、小利口な者なら取るであろう、便宜を約束しておいて反故にするような手段を潔しとしない。
 こういう在り方は、会長の好むところだった。
「疑われるだけなら痛くも痒くもないのですがね」
 負けず劣らず馬鹿正直に身も蓋もない事を口にして、会長は暗がりに目をやった。
 極秘裏の会見らしく、室内の灯りは最低限に抑えてある。時節柄火の入っていない暖炉の前には気に入りの肘掛け椅子が据えてあり、その背凭れに張られた緞子の織り模様が、僅かな灯りに沈んだ光を放っていた。
「そう……ですな。あの少年をくれると言うのなら、どんな手伝いでもいたしましょうが」
 少し考えてからそう告げた会長に、少年、とウォルは首を傾げ、イヴンは顔をしかめた。
 人の好い好々爺然とした顔を崩さず、会長はいきなり口調を軽いものに変える。
「あれが本当に王位継承者なら諦めもしようが、単なる客人だと言いよる。ならば儂の元に来いと再三口説いておるのじゃが、どうにも強情というか扱い難いというか、なかなか首を縦に振ってくれんでな。御存知かどうかは知らんが、あれほどの傑物はそうはおらんですぞ。息子も孫もおるにはおるが、いまひとつ頼りにならんでな。儂は是非とも彼が欲しい。くれると言うなら――」
「アル」
 会長の長口舌を遮ったのは、氷のような冷たさを含んだ親しげな呼びかけだった。
「俺はモノじゃない」
 調子のいい軽口に呆れた溜息をついて、ソファに背を向けていた肘掛椅子から少年が立ちあがる。
   意外な人物の登場にウォルは目を丸くした。
「ケリーどの? なぜここに」
「茶飲み友達、といったところでしてね」
 にこにこと笑いながら会長が答える。
「かなり一方的な、な」
 ケリーは肩をすくめながら言葉を添えて、会長に向き直った。
「会わせたい客が来るとかいうから何かと思えば……」
「いや儂もな、この方達が来ると言うのでお前さんの事だと思ったんじゃが。聞いての通り違ったわけだな」
 会長にしてみれば、国王なぞ別世界の人間である。
 繋がりがあるとすれば、息子と噂される人物を口説き落とそうと躍起になっている点くらいで、その件だと思ったのも致し方ない。
「盗みに入られたって?」
 会長の隣に席を移したケリーに問いかけられ、ウォルは重々しく頷いた。
「うむ。一切合財持ち出されたわけではなくてな、それで発覚が遅れたようなものなのだが――」
 何が盗まれたのか把握するのに数日かかった。それだけ王家の宝物庫には物が溢れており、持ち主であるはずの国王ですら全容は把握していない。
 そもそもあんまり興味もない。
 国家の財産としての価値はともかく、歴代の国王が溜めこんだお宝そのものには興味のないウォルだったが、ひとつだけ――盗まれて初めて存在を知ったある品だけは、無視できなかった。
「せめて宝剣だけでも取り戻したいのだ」
 真剣な表情で低く言う。
 深刻というほど重くはなかったが、緊迫した空気が辺りに漂った。
「どうも曰くつきの品らしくてな、持ち主を選ぶという。どうかすると抜かれ渋り、無理に抜くと死に至る、とも」
 へえ、とケリーが目を光らせる。
「ちょっと違うが、天使たちの剣みたいだな」
「そうなのだ!」
 ウォルは大きく頷いて身を乗りだした。
「そんなものが身近にあるとは、迂闊にも俺は今まで知らなかった。是非とも見てみたい!!」
 拳を握って力説する。
 異様に力が入っている。
 それを見たイヴンは、なにやら嫌ぁな気分になって目を細めた。
「あー……それはつまりあれか? 妙にこだわってたのは、それを見てみたいってだけだったのか?」
「うむ。仮に選ばれて抜くことが出来たなら、なんとしても手に入れたいが」
「ほかの首飾りとか腕飾りとか王家の威信とかはどうでもいいわけか?」
「どうでもいいということはないが、そういった調査は警備隊の仕事だろう。よしんば戻らなかったとしても俺が身に着けるわけでもないし、王家の威信なぞ盗まれた時点で地の底だ。取り戻したところでそれは変わらん」
 ――胸を張って言うことではない。
 イヴンはがっくりと肩を落とし、もう好きにしてくれ、とぼやいた。
 国王自身が裏社会と関わる功罪について、真剣に思いを巡らせた己が馬鹿みたいに思える。
 というか間違いなく馬鹿だろう。
 用意されていた酒杯に手を伸ばし、イヴンはやけ気味にそれをあおった。



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―― ...2008.11.22
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 あれ? レザンが変な組織になってる……独立採算の複合組織?
 一学生はとうとう裏の大物の茶飲み友達に(笑)
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