宝剣の秘密 下
Written by Shia Akino
 約一名にとって不本意な会話は、相対する二名のツボに入ったらしい。
 そもそも不遜なケリーのみならず、初対面の会長までもが、国王の面前で無言のまま肩を震わせている。
「いやはや、面白い王様だと聞いてはおりましたが、これはまた――」
 どうにか言って、まだ笑う。
「いや失礼――そういう事でしたら、何も儂に聞くまでもない。貴方の被後見人に聞いてみればよろしいでしょう」
 それを受けてウォルがケリーに目をやれば、笑い上戸の気味のある少年は咳払いをしてから頷いた。
「モノが王家のお宝だからな。十中八九ペンタスだろう」
「うむ。それは警備隊長も言っていた」
 細工物は足が付きやすく、下手をすると買い叩かれる。鋳潰して売るのならこんな危ない場所に手を出す必要はないわけだし、そのまま売るのならペンタスが一番だ。芸術性が高ければ、金にも来歴にもこだわらないようなのがごろごろしている。
「分かってるなら黙って待っとけよ。警備隊の仕事だって言ったのはあんただぜ?」
「問題があるのだ、ケリーどの」
「なんだ?」
「その宝剣だが、こう――立派な細工の箱に入っていたというのだが、剣そのものはさして豪華でもないらしい」
 ペンタスで取引されるかどうかはかなり怪しいところだ。
 何代か前の国王が物騒な曰くを気に入って求めたもので、高名な鍛冶屋が鍛えたわけでもないという。
「なに考えてんだ、あんたの先祖は」
「良いではないか、俺も欲しい」
 口を尖らせての台詞である。
 イヴンが片手で顔を覆って、子供かよ、と呻いた。
 笑いを抑えるのに失敗して咳き込んだ会長の背を叩いてやりながら、ケリーは思わず天を仰ぐ。
 これが大陸随一の大国を統べる国王だというのだから、まったく冗談としか思えない。さすがは金色狼の旦那である。
「しょうがねぇなぁ、調べてやるよ」
 ケリーはちょっと溜息をついたが、それには多分に笑みが含まれていた。
 もはや息子の我が儘を聞いてやる父親の心境である。実は年齢的にも正しい関係だ。外見は逆転しているが。
 血の繋がりのない高い身分の大きな子供は、ケリーの返答を聞いて嬉しそうに破顔した。
「それはありがたい。何か伝手があるのか?」
「まあ、少しはな」
 そう言いつつも自信あり気な様子に、ウォルは首を傾げる。
「そういう仕事でもしているのか?」
 責めているわけではない。まったく普通に疑問に思っただけという口調だったが、ケリーはわざと不満そうに訴えた。
「あのなぁ。俺はこれでも、あんたの被後見人だって自覚はあるんだぜ? 精一杯おとなしくしてるんだ、そりゃねぇだろう」
 少しでも裏町のケリーと付き合いがある者なら、一体何の冗談だと喚きたくなること請け合いである。
 どこがどう大人しいんだ言ってみろ! と、がくがく揺さぶってやりたい衝動に駆られたイヴンは、拳を握ってひたすら耐えた。
 それはすまん、と頭を下げた国王は気付かなかったが、レザンの会長は深い憐れみの視線で独立騎兵隊長を見やったのだった。



 その場はそれで別れたわけだが、見つけた、と連絡が入ったのは実に翌朝のことだった。
「あり得ねぇ……」
 イヴンはげっそりと肩を落とす。
「早過ぎだろうがよオイ」
 国王はといえば、さすがはケリーどのだ、と満足そうに頷いている。
 盗賊は、宝剣を神殿に奉納していた。
 金銀玉を期待して煌びやかな細工の箱を開けてみれば、鞘と柄とを鎖で繋ぎ、厳重な封印を施した曰く有りげな剣が収まっているのだ。驚いただろうし、恐らく怖くなったのだろう。
 ウォルとイヴンは早速王宮を抜け出し、くだんの神殿へと赴いた。
 常駐の神官が一名という街中の小さな神殿は、朝方ということもあってかひっそりとしていた。
「朝のお祈りしてる間に済ませちまおう」
 門脇で落ち合ったケリーはそう言って、二人を厨房脇の小部屋に案内した。
「おいケリー……まさかとは思うが、無断で入り込んでるんじゃねえだろうな?」
「表向きはな。それこそまさか、国王だから宝物庫を見せろって訳にもいかねぇだろうが。盗品だぜ?」
 正規の調査で流通先が判明した訳ではないのだから、それは確かに具合が悪い。
 示し合わせてあったらしく、無骨な造りの机の上には一振りの剣が乗っていた。手回しのいい事である。
「ああ、やっぱり箱はなかったのか。――いいよな、別に」
「もちろんだとも」
 興味の対象が剣だけだったウォルは、大きく頷いて早速剣を手に取った。
 鞘と柄とを鎖で繋いだ、いかにも曰くありげな剣である。
 鎖を解いてみれば、大層ないわれとは裏腹に極普通の剣だった。鞘に刻まれた装飾は案外精緻で凝っているが大仰に過ぎる事はなく、明らかに実用品である。
 一通り検分してから、ウォルはおもむろに柄を握って力をいれた。
「――む?」
 抜けない。
 王妃の剣と違って抜けそうな感じはあるのだ。
 ただ、何かに引っ掛かっているような感覚があって、確かに抜かれ渋っている。
「ほほう」
 ウォルは剣を目の前に掲げてためつすがめつ眺めてみた。無理に抜くと命に関わるというのだ、わざわざ試してみるほど無分別ではない。
「俺にも見せろ」
 イヴンが横から手を出すが、やはり抜けない。同じようにためつすがめつ眺めてから、ケリーに手渡す。
 ケリーは抜いてみようとはせず、柄から鍔元辺りまでをゆっくりと目で辿った。
「ふうん」
 納得したように頷くと、するりと剣を抜き放つ。
「ケリー!!」
「ケリーどの!」
 慌てた二人の呼びかけには答えず、平然と捧げ持って今度は刃を検分した。
「ちょいと傷んじゃいるが、意外と物は悪くねぇな」
 慌てた二人が馬鹿のような落ち着き振りである。
「大丈夫……なのか?」
 恐る恐るといった風の国王の言に、ケリーは肩を竦めて見せた。
「あんたの先祖より、こんなもん造った奴の方が物好きだな」
 そう言って剣を鞘に収め、柄は握らずに鍔を机の縁に叩きつけるようにして無理に抜く。
「ここ、分かるか? 毒針だ」
 柄を握って引き抜けばちょうど掌にあたる部分に、細く短い針が突き出していた。先程は確かになかったものだ。
 再度鞘に収めると、かちりと微かな音がして針が引っ込む。
「で、ここをこう――」
 今度は鞘の装飾の一部に指を当て、爪の先で押し込むようにしながら柄を引いた。
「――すると、抜ける」
 半ばまで引き出された剣はただの剣で、そんな仕掛けがあるとも見えない。
「なんだ、つまらん」
 国王陛下はご不満だが、イヴンは興味津々で手渡された剣を検分した。
 こんなものを作った奴は確かに相当物好きだが、技術は確かだ。そうと分かって見てみても、見掛けはただの剣である。
「なんで分かった?」
「目がいいんだ」
 知らぬ者には意味不明であろう理由を告げて、ケリーはウォルの背を叩いた。
 残念だったな、というのには、まったくだ、との答えが返る。
 その様子はほとんど同輩のものと言え、身分も年齢も体格も違いすぎる二人のそんな遣り取りは、なかなか奇異な眺めであって――イヴンはうんざりと目を逸らしたのだった。



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―― Fin...2008.11.22
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 えーと……まあとにかく、ウォル好きだー!
 そして苦労人のイヴンも好きだ(笑)

  元拍手おまけSS↓

 レザン海運会長アルガノート・レザンは、本気でその少年が欲しかった。
 息子も孫もいるにはいるが、どうにもいまひとつ物足りない。
 傘下に下ると約したならば、即座に後継者として立てようと、初めからそう思っていた。
 ――いや、初めからというのは正確ではない。
 そもそも会長は会長であって、下っ端連中が日雇いで使い回すガキ共なぞいちいち気にかけていられないのだ。
 下っ端連中にしたところで、彼の少年はただ単にちょっと器用で気の利く使いっ走りでしかなかった。
 始めのうちは、だ。
 まず、汚い仕事を避ける傾向にあるとの事で、仲介斡旋を仕事にする口入れ屋達の間で、扱い難いと評判になった。断れる身分じゃなかろうと諭しても、宥めても賺してものらりくらりと巧く逃げるのだ。
 組織の後ろ盾のない下働きの小僧である。生意気だ、という話に当然なる。
 通常であれば、袋叩きに遭うなり騙されて利用されて牢に入るなり命を落とすなり、そういった事になるだろう。
 ところが、である。
 暴力的解決に走ったものは端から返り討ちに遭い、騙そうとしたものはそれ相応の報復を受ける羽目になった。対立組織に情報を流されたり、警備隊に取引場所を暴露されたりと、ひどい目にあった組織は片手の数では足りない。
 会長が少年の存在を知ったのはこの頃のことだ。
 意に沿わない仕事をぶち壊した手腕からしても、彼がかなりの能力を持っている事は想像に難くない。
 ――欲しい、と思った。
 だが、彼はただ、地味な仕事で地道に稼ぎたいらしい。
 その気になればすぐに頭角を現せるだけの能力をもっていながら物好きなことだが、無理強いなどすればろくな事にならないとはすぐに知れた。
 そうこうする内に、派手な噂の人物と同一人物だという情報が入り、とにかく一度会ってみようと会見の場を設けた。
 それからだ。
 ただの部下に収まる器ではない。後継者として招こうと、再三再四話をしたが、興味はないの一点張り。
 おかげで地道に恩を売って誼を通じるという迂遠な方法を採らざるを得なかったが、とにかく茶飲み友達という地位は獲得した。
 それで済ませる気はなかったはずだが、それ以上を望んだところで無駄だろう。
 口説き文句はもはや社交辞令と化しているが、これはこれでまあ良いと、近頃はそんな風にも思っている。
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