英雄の条件 5
Written by Shia Akino
 ブラウニーの宙港でシャトルに乗り換える三人を、ケリーは見送らなかった。船を固定して連結橋を伸ばす作業が残っていたのだ。
 搭乗口まではジャスミンが見送りに出て、その様子は操縦室の正面スクリーン右端に小さく映じ出されている。
 搭乗口と到着口との連結が済み、大小四つの人影が歩き出したのを確認して、ケリーは操縦席で大きく伸びをした。
「お疲れさま、ケリー」
 スクリーンにダイアナが現れて微笑んだ。この操縦室をちょうど鏡に映したような背景の中、ケリーのいる場所にダイアナが座っているような格好だ。
  「別に疲れるほどの事はしてねぇけどな」
 ケリーは笑ってそう返す。
 かなりの強行軍ではあったが、軍に追われていたわけでも、赤い戦闘機に追い回されていたわけでもないのだから、気楽なものだ。
 画面内の操作卓に肘を突いて、ダイアナはスクリーンの左端――ケリーの側からは右端――に小さく映っている搭乗口付近の映像を見やった。
「ダンったら、真っ青になってたのよね……」
 二番目に大きな人影に向かって眉を顰める。
 そうだろうな、とケリーは苦笑した。
 真っ当な船乗りならあんな跳躍はしないし、出来ない。それくらいの常識的事実はケリーも知っていた。ただ、自分には出来る。それだけだ。
「まったくわけが分からないわ。ダンはあなたを信じて疑っていないのに、どうして今更あんなに青くなるのかしら。不可解だわ」
 軽く眉を寄せたまま不満そうにダイアナが零して、ケリーは首を傾げた。
「――疑ってない? 青くなってたんだろう?」
「そうよ。だから分からないって言ってるんじゃないの」
 ケリーとダイアナは顔を見合わせて沈黙した。なんだか話が噛み合っていない。
「ねえ、ケリー。まさかとは思うけど……分かってないの?」
「まさかと言われてもなぁ……あいつにしてみりゃ、せいぜい“いちかばちか”ってところだったろうぜ。信じる信じないの話じゃねぇだろうし、そんな覚えもないがな」
 なにしろ、ゲート跳躍直後にようやく“お父さん”と呼ばれたくらいだ。生き返ってから初めてだったし、一度だけだった。次の機会には“ケリー”に戻っていたのである。
 ところがダイアナは、心底呆れた表情になって深い溜息をついた。
「これだから男って……」
「性別なんざ関係あるのか?」
「あるわよ。ジャスミンは分かってるわよ。わたしもよ」
 性別などないはずの感応頭脳はちゃかり自分を付け加え、嘆かわしいと言いたげに首を振って真顔になった。
「ダンは間違いなくあなたを信じてるわ。あなたの技量を、と言うべきかもしれないけど」
「……そうか?」
「当たり前じゃない。あんな跳躍、普通は“いちかばちかの賭け”じゃなくて“自殺行為”って言うのよ。他人の子供をそんな危険にさらす? まがりなりにも講師なのに? まして一人息子を連れて来たり、すると思う?」
 一気に捲し立てて息を吐き、ダイアナは笑んだ。まったくしょうがないわね、とでも言わんばかりだ。
「乗せたのがダンだけなら、わたしだってこんな事は言わないわ。でもね、ケリー。危険はないって分かっているのでもなければ、そもそもこんな頼み事をするわけがないのよ。少なくとも信じていなくてはね」
 ケリーの沈黙は長かった。ダイアナの言を吟味するかのようにしばらく考え込んでいたが、やがて僅かに口の端を引き上げた。
「――へえ」
 小さく零す。
「まったくもう――もしかしてダンも分かってないのかしら。間抜けだわ、間抜けすぎるわ……」
 人間よりも人間らしい感応頭脳は、ジャスミンが戻って来るまでずっとぶつぶつぼやいていた。



 ジェームスは結局十日、寮を空けた。
 行きに一日、滞在二日――残りの七日は帰りの定期船である。行きの一日強がいかに非常識に早かったか、知れるというものだろう。
 寮の食堂でその姿を見つけた金銀天使は、向かいの席に陣取って首尾を尋ねた。
「どうだった?」
「うん……間に合った。翌日中には着いたよ」
 間に合いはしたが、回復はしなかった。分かっていた事ではあるが、さすがに浮かない表情でジェームスが答える。
「良かったじゃないか。さすがケリーだな」
 宥めるように笑って金の天使が言った途端、ジェームスは眉間に皺を寄せた。
「あの人の事は言わないで」
 それが嫌悪に近い声音だったので、金銀天使は驚いて顔を見合わせる。
 なにがあったんでしょう、なんだろうな――視線で会話をしてから向き直り、俯きがちなジェームスの顔を覗きこむ。
「どうした? 前に仲良くなったとか言ってただろう」
 ジェームスは頑なに俯いたまま視線を泳がせ、迷うように間を置いてからぼそりと言った。
「……だってあいつ……変なんだ」
「変とは?」
「…………」
 黙り込んでしまったジェームスに金銀天使はもう一度顔を見合わせたが、答えは出ない。
 二人にとってケリーが変なのはもうずいぶん前から分かり切った事実だったので、今更なにが改めて変なのか予想もつかなかった。
「女装癖があるとか?」
「――はい?」
「実はお菓子作りが趣味だとか、ぬいぐるみを集めてるとか」
 金天使の言に、ジェームスは思わず顔を上げてぽかんと口を開ける。
 ――誰の話だ。
 緑の瞳を悪戯っぽくきらめかせた金の天使は、肩をすくめてちょっと笑った。
「それだって別に、人に迷惑掛けなきゃ構わないと思うけどな。少し体格良すぎるけど、ケリーなら女装も似合いそうだし」
 服装によっては、確かに迫力美人になるかもしれない。
 なるかもしれないが、そういう問題ではない。
「ばっ――違うよ! 何言ってるんだ!?」
「変だって言うからさ」
「違うって! そういう変じゃなくて――」
 最高速度を保ったまま安定度数六十二のゲートを跳んだのだと、慌てて説明する。
 後にあれこれ考えてみて、ジェームスは改めて恐怖したのだ。
 ゲートだけではない。出発日時と到着日時を考えると、自由跳躍も相当おかしい。
「それが変なんですか?」
 機械音痴の銀天使が首を傾げ、変に決まってるじゃないか! とジェームスは叫んだ。注目を集めてしまった事に気付いて声を落とし、跳躍可能な安定度数と速度を告げて眉を寄せる。
「父さんは一度だけ安定度数八十七のゲートを跳んだことあるって言ってたけど、それだって決死の跳躍だったんだ。だから、あんなの――人間業じゃないんだよ」
 暗く重い声に金と銀の天使達は顔を見合わせ、こっそり苦笑を浮かべた。
 宇宙船に詳しくない金銀天使は、それがどれほど凄い事なのか実感が湧かないのだが、あの人が“普通の人間”の範疇に納まらない人物である事は良く知っている。
「だけどジェームス。おまえ、キング・オブ・パイレーツって呼ばれてる海賊に憧れてるんだって言ってたじゃないか」
 金の天使の意図を察して、銀の天使も言葉を添えた。
「そうですよ。船乗りにとっては船を早く飛ばせる人が英雄なんでしょう? 翌日中に着くというのは遅いんですか?」
「いや……遅くないっていうか……早過ぎるけど…………そうか」
「だろう。だったらケリーを嫌うのは筋違いってもんだ」
 金の天使の結論を、何か思い付いたらしいジェームスはまるで聞いていなかった。
「そうか……そうだよ! ケリーはキングの子供なんだ! きっとそうだ!」
「――はい?」
「もうずいぶん前だけど、ある時期から全然キングが現れなくなるんだ。それが死んだとかじゃなくて、結婚して裏社会から足を洗ったって事だったら――」
 金銀天使は引き攣った。
 だったらもなにも、まさにそれが事実だ。
「そうだよ! それでケリーが生まれたんなら辻褄が合うだろう? ケリーはキングの息子なんだ。だからあんなに凄いんだ。キング・ケリーJrなんだよきっと!!」
 大発見に目をきらきらさせて、ジェームスは興奮した。
 大変珍しい事に、金銀天使は顔色をなくして引き攣っていたのだが、それにもまったく気付いていない。“人間業じゃない”などと忌避していたのが嘘のようである。
「…………それ、本人に問い質したりするなよ?」
 その“キングの息子”ってのはおまえの父親なんだが――と、まさか言えない金の天使は、どうにか気を取り直してジェームスの肩を押さえた。
「どうして?」
「認めるわけがないからさ。船乗りの間では英雄でも、キングは法律的には犯罪者だ。犯罪者の息子だなんて、たとえそうでも絶対認めない」
 孫に厭われるのはさすがのケリーも嫌だろうと、フォローのつもりで出した話題が妙な方向に飛び火して、金銀天使は焦っていた。
 こんな説、関係者の耳には入れたくない。発端が自分達となれば尚更だ。
「そうですね。他人に話すのも止めた方がいいでしょう。犯罪者の息子だと吹聴するようなものですから、名誉毀損になりかねませんよ」
「……そう……かな?」
「あたりまえだろう。いいか、絶対誰にも言うなよ?」
 誰にもだ、と念をおす燃えるような緑の瞳に気圧されて、ジェームスは思わず頷いた。
 頷いたが、自説を捨てる気にはどうしてもなれず、その後しばらくケリーと会うたび挙動不審に陥って、周囲の人々に怪しまれたという。



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―― Fin...2009.01.24
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 お、おわ、った……(死)

  元拍手おまけSS↓

「え、ちょ、ええぇぇえぇ!?」
 ルウは話を聞いて奇声をあげた。キングがキングの息子――なんだそれは。
「ええぇぇえぇ――だろう?」
 リィは肩を落として溜息をついている。
「一応口止めはしたけどな。だから、ルーファ。ジェームスの前ではケリーを“キング”って呼ばないように気をつけて欲しいんだ。少なくてもしばらくは」
「う……ん……」
 ルウは眉を寄せて唸り、少し考えてから首を傾げた。
「――でも、まさか本人だとは思わないだろうし……」
「そりゃあ思わないだろうけど。“ラヴィーさんはケリーをキングって呼びますけど、どうしてですか?”とかって、期待を込めて聞かれたら――どうする?」
 どうするも何も、本当の事は言えないし誤魔化すより他ないのだが――ちょっと考えたくはない。
 早く忘れてくれるといいんだけどな、と再度溜息を吐いて、リィは苦笑した。
「“ケリーってキングの息子じゃないかと思うんだけど、何か知らない?”とか、父親に聞いてるところを想像してみろよ」
 言われた通りに想像し、ルウは思わず顔を覆って呻く。
 その“キングの息子”であるところのダンの心境を思うと……。
「なんか……たまんないね……」
「だろう」
 なんともいえない表情で二人は顔を見合わせ、同時に深い溜息を吐いた。
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