―― 女王の来訪 3
Written by Shia Akino
設定違いの女王と海賊再会パラレル。
キングがデルフィニアから出て行って行方不明になる前に迎えが来た設定です。
著しくイメージを損なう事態に陥る危険があるので、引き返すなら今のうち。
 その頃――珍しく真面目に授業を受けていたケリーは急な呼び出しを受け、門の外でイヴンと顔を合わせていた。
「なんなんだ、いったい」
「知るか。とにかく一刻も早くおまえを連れて来いって厳命だ」
 乗れ、と指されたのはイヴンが乗ってきたらしい一頭の馬で。
 つまり相乗りだ。
 ケリーの技量では――というか、ケリーと馬という生き物の関係上――急ぐとなれば相乗りも仕方のない事ではあるのだが、さすがに抱え込まれて前に乗るのは遠慮したい。そう言えば、お互い様だ、と真顔で返された。
「なんだって野郎なんかと相乗りしなきゃならないんだ」
 美女ならともかく――と、馬に鞭をくれながらイヴンがぼやく。
「仕方ないだろう。俺だけじゃまともに走らねぇんだから」
 悪びれもせずケリーは言ったが、確かにケリーを乗せた途端、馬はひどく神経質になった。騎士団の新米辺りでは振り落とされていたかもしれないし、タウの人間でなければ走らせられなかったかもしれない。
「せめて触るな!」
「無茶言うな! つかまらなきゃ落ちるって!」
 喚き合いながら、街中で出せる限界の速度で王宮に向けて馬を駆る。門番を蹴散らす勢いでそのまま乗り付け、取次ぎにはいい加減に手を振って国王の元を目指した。
 イヴンもケリーも平服だし、ケリーの髪など早駆けのせいで荒れ放題だ。客間と聞いた時だけイヴンも少し考えはしたが、正式な命ではなかった以上正式な手順を踏む必要はないと判断した。というか少し怒っていた。
「ウォル、てめぇ――事情くらい説明しやがれ!」
 乱暴に開けた扉の向こうに国王の姿を認めて、イヴンは詰め寄る。
 あまり周りが目に入っていないらしいイヴンの後ろで、ケリーがぴたりと足を止めた。たいてい泰然としている少年には珍しく、目を瞠って息を呑む。
 だがそれも一瞬――。
 ふ、と息を吐いてケリーは苦笑を浮かべた。
「よう、女王」
 どこか気まずげに片手を上げる少年を見て、ジャスミンはぽかんと口を開けた。声にはならず、唇だけが、軍曹――と、動く。
「…………おまえ……なんでそんな格好なんだ?」
「俺が知るか。目が覚めたらこうなってやがったんだ」
 憮然と吐きだす言葉の調子は耳に慣れたそのままだが、声自体は成長途中の少年のものだった。ひどい違和感だ。
 ジャスミンは幾度か強く瞬き、気を取りなおすように深い溜息をついてしみじみと漏らした。
「おまえを見下ろす日が来るとは思わなかったな……」
「こっちだって、あんたを見上げる羽目になるとは思ってもみなかったさ。――おいこら、頭を撫でるな」
 ケリーは苦笑して、荒れたままの髪を梳くジャスミンの手を払いのける。
 天使より先に女王に、この姿のまま再会するとは思っていなかった。気まずい事この上ない。
 気まずいだけならまだいいのだが、こっちの世界は特に女性の婚期が早いのだ。下手をすれば母子に見えると自覚があった。それはさすがに遠慮したい。
「いや、ちょうどいい高さにあったものだから――」
 言いながら、ジャスミンはすとんと腰を落とすと片膝を突いて手を伸ばした。力が強いと自ら口にするその腕で抱きしめられそうになり、ケリーは慌ててその場を飛びのく。
「だからやめろって」
 途端、ジャスミンはむっと眉を寄せた。
「何故だ。妻が夫に抱きついて何が悪い」
「勘弁しろよ、潰す気か?」
 溜息交じりの台詞に対して、ジャスミンの瞳に鮮烈な金の色が浮かぶ。
「血溜りだけ残して消えられたこっちの身にもなれ。私がどれだけ心配したと思う」
 物騒な響きの低い声に、ケリーは天を仰いで溜息をついた。
 ――自分の意志で消えた訳じゃないと言ったって、どうせ聞きやしない。
 それを了承の合図と取ったジャスミンは改めて手を伸ばした。
 ジャスミンの指が確かめるようにケリーの頬をなぞり、肩を押さえて腕を取り、小さくなった掌を掲げて裏返す。
 諦めたようにされるままになっているケリーの背にそっと腕が回されると、ケリーは宥めるような仕草でジャスミンの肩を幾度か叩いた。
 ――二人とも、耳目のある場だということはまったく念頭にないらしい。
 ジャスミンは真剣そのものだし、ケリーの方はなんといっても少年姿である。夫婦といえども甘い雰囲気とは少々違っているのだが、見てはいけないものを目にしているような気がして男達は目を逸らした――が、一人遅れてきたイヴンだけは、初耳な事実を耳にして引き攣っている。
「あー……すみませんが陛下。何かいま、非常に妙な事を聞いた気がするんですが……あれが、誰の、何ですって?」
 こっそりと囁かれた国王は、笑いを噛み殺しつつ端的に答えた。
「あの方はケリーどのの奥方だ」
「………………誰の、何ですって?」
「何度聞いても同じだぞ、諦めろ。ケリーどのの奥方だ」
 ――諦めろと言われても。
 イヴンはもうなんだか気の遠くなるような気分で、夫婦には見えない二人から目を逸らした。



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―― ...2008.06.10
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 なんかもうホント……細切れゴメン。
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