英雄の条件 3
Written by Shia Akino
 ゲートに向かって航行している間、ダンは数時間の仮眠の他は船室に戻らなかった。
 何をしていたかというと、ダイアナに機関室を見せてもらっていたのだ。
 最初の乗船時はセントラル壊滅の危機に瀕して暇も余裕もなかったし、ストリンガーの館の傍でジャスミンに呼び出された時もやっぱりそんな暇はなかったが、海賊王の船ともなれば興味は尽きない。
 ジェームスの事を責められたものではないが、見せてもらいたい旨を伝えるとダイアナはあっさり了承した。
 もちろん頭脳室は立ち入り禁止だが、機関室はその限りではない。
 ダンは己というものをよく分かっていたので、大気圏内にドライブアウトしたり、追尾ミサイルを撃破しながらついでのように跳んでみたり、自由跳躍といえどあまりにも無茶苦茶なそんな跳躍を真似するつもりなどは毛頭なかった。
 ――が、跳躍距離を伸ばす事には熱心だった。
 ショウドライヴの調整や使用法、ダイアナが施した思い切った改造――海賊対策の防御能力も、攻撃力もだ。参考にするだけでもためになる。船乗りとしては宝の山のような船だった。
 ケリーがこっそり笑いを噛み殺していたのは、自慢のボディを見せびらかす相手を得た事で、ダイアナがすこぶる上機嫌だったからである。
 機関室でダンにあれこれ説明したり議論を交わしたりすると同時に、ダイアナは操縦室のケリーとも会話をしていた。
「あの子、やっぱりあなたとジャスミンの息子ね」
「……そうか?」
 大昔にはよく似ていないと言われたものだし、自分でもそう思う。
 だがダイアナは楽しそうに目を細め、わたしのことを怖がらないもの、という理由を告げた。
 ダイアナが初対面の相手から向けられるのは、たいがい恐怖か困惑か猜疑か、あるいはその全てだった。“こんな船にいたら気が狂う!”だとか、逆に“狂ってる!”だとか、散々言われてきたものだ。
 初めからどの反応も返さなかったのは、天使達を除けばケリーとジャスミン、二人だけ――ダンもそうだと言うのである。
「初対面じゃないだろう?」
 ケリーは首を傾げた。
 ダン・マクスウェルがダニエル・クーアだった頃には面識があったはずである。それこそ物心もつかない頃からだ。
「でもわたし、感応頭脳だと名乗った事はないのよ」
「そうだったか?」
 ええ、と頷き、ダイアナは微笑んだ。頬が桜色に上気して、本当に嬉しそうだ。
「だからね、小さなダニエルはわたしの事を、お父さんのたくさんいる部下の一人、って認識していたみたいなの」
 通信画面から出てこずに、財閥総帥と親しげに話す若い女性を訝しく思わなかったのは、《クーア・キングダム》には乗り込んでもさすがに船橋には出入りしていなかったために、専門的な会話を耳にする機会がなかったから。
 そして、訝しく思うような知恵が付く前に、そういうものだとインプットされてしまったかららしい。
「それがどう? 初めてあの子を乗せたとき、最初になんて言ったと思う?」
 ケリーは無言で首を傾げた。セントラルに向かっていたあの時の船内は相当な混雑で――それほど狭いわけでもないからケリーの主観だが――各々がいつ何をしていたか、全てを把握している訳ではない。
「お久しぶりです、ってね。言ったのよ」
 貴女が“クレイジー・ダイアン”だったんですね――と。
「散々うめいて頭を抱えた後でしたけどね」
 それでも、それは恐怖でも困惑でも猜疑でもなかった。あえていうなら混乱と慨嘆で、それはまあ、無理もない。あまりにもいろいろな事がいっぺんにありすぎた。
 しかも、ダンの心境を慮ってやる余裕のある者など一人もいなかったのである。
「今だって、わたしが考案した防護網の事をとても熱心に聞いてるわ。昔の事だけど、メルヴィンは信じなかったのにね」
 くすくすとダイアナは笑い、それから小さく吐息を漏らした。
「本当によく似ているんだと思うわ。ダンもやっぱり船乗りだし、個人事業主でもあるわけだし」
 比べられる規模ではないが、クーアもやっぱり個人の所有物ではあった。
「遺伝って偉大ね……」
 しみじみと漏らす。
 それが遺伝の為せる業かどうかは別にして、常識人を自認するダンがクレイジー・ダイアンに対して常識的ではない対応をしているのは確かだった。
 何しろ、『とても感応頭脳とは思えない美人だ』などと言っているのである。
 それはケリーの知らない間に交わされた会話だったので、話を聞いて目を剥いた。
「天使の女性姿は毛嫌いするのにか!?」
 内心で息子に及第点を与えながらの台詞である。
「それは無茶よ、ケリー。ダンは黒い天使さんを男性だと思っていたんですもの。わたしは機械ですからね、男も女もありませんけど」
「天使も似たようなものだと思うがな……」
「なかなかそう割り切れるものでもないみたいね」
 ダイアナはなおも楽しそうにくすくす笑う。
 そんな会話の間も、船は信じ難い速度でゲートへ向かっていた。



 約十二時間後、ジェームスは再度操縦室を訪れた。
 数時間の仮眠の他は船室に戻らなかった父親が、いくらか疲れた表情で副操縦席に納まっている。
 操縦室は以前とレイアウトが違って、副操縦席がもう一つ出ていた。
「そっちに座れ、ジェームス」
「ありがとう、ケリー」
 出来るだけ神妙に答え、なるべく大人しく席に座って、各種機器と表示の把握に努める。
 まったく、すごい船だった。
 戦闘機並のスピードでぶっ飛ばしていながら――クーアの最新機種なら有り得ない速度ではないのだが――重力加速度をまったく感じさせない。
 そのせいでジェームスは気付いていなかったが、この船は自由跳躍の時でさえほとんど減速していなかった。
 そのうえ、一度の跳躍で定期船の2倍近い距離を跳んでいる。これは早い。
 跳躍距離だけならば《ピグマリオンU》も近い数値を出せるのだが、この速度でという事になると無理な相談というものだった。
 現在地の表示を見つけて座標を確認したジェームスは、予想よりはるかに進んだ行程に驚いている。再度の自由跳躍をするまでもなく、ゲートはもうすぐそこだ。
 めまぐるしく変わる表示の全てを瞬時に読み解く技術はジェームスにはまだなかったが、減速を始めるべき宙点をとうに過ぎている事くらいは分かった。
 船は最高速度で飛び続けている。
「父さん……」
 不安に思って父親を見て、ジェームスはぎくりと身をこわばらせた。
 ダンは蒼白になっていた。
 ジェームス以上に身をこわばらせ、蒼白な顔で計器を凝視している。
「父さん……っ!」
「どうした、ジェームス」
 答えたのは操縦席のケリーだった。さすがに振り向きはしなかったが、もうすぐ跳躍とは思えない気楽ともいえる声音である。
「え、あの……」
 急減速するつもりなのかもしれないが限度があるし、どんなに慣性相殺が優れていようと、どうしても負担は大きくなる。
 女の子を乗せているのにそれは無茶だ、とジェームスは思った。
「その……減速した方がいいんじゃ――」
「黙っていなさい、ジェームス」
 厳しい声は父親のもの。
「黙ってその人に任せるんだ」
 任せて安心、という顔色ではないが、有無を言わせぬ口調だった。
 ケリーはくつりと喉の奥で笑って、ありがとよ船長、とそう言った。ジェームスを黙らせた事に対するものではない。信頼に対する礼だった。
 重力波エンジンの操作ミスは、重大な事故に繋がるのだ。
 普通に考えればこの速度で複雑且つ微妙な操作など出来る訳がないし、そうなれば船ごと木っ端微塵である。
 “止めてくれ!”と叫ばないだけでも、実際大したものなのだった。



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―― ...2009.01.16
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
 ダンって常識的な一般人だけど、やっぱり女王と海賊の子供なんだよなーと思うこともある。
 それにしても進まない……。
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