再会の宴 2
Written by Shia Akino
 西離宮の居間には相当数の客でももてなせるテーブルが据えてあったが、所狭しと並べられた皿はそろそろ空になろうとしていた。
「ごちそうさま、シェラ。うまかったぞ」
 満足そうに大きく息を吐いて、リィがようやく食器を置く。
 やはり空腹は人を苛立たせるものらしい。燃え盛る炎のようだったリィの怒りも、熾き火くらいにはなっている。
 シェラは手早く空の皿を下げ、今度は軽くつまめる酒の肴をいくつか並べた。
 炒って塩をまぶした木の実、薄く焼いたビスケットにチーズや燻製を乗せたもの、塩で揉んだ野菜や揚げた芋などである。
 甘いものを好むルウの為には、砂糖を乗せて焼いたビスケットのほかにチョコレートケーキが用意してあった。歓声をあげてルウが飛びつく。
「では、わたしは厨房を片付けてまいります」
 お茶と酒の支度を整えて下がろうとしたシェラに、飲まないのか? とリィが問う。
「後でいただきます。とにかく片付けてしまいませんと」
 食事は一緒に、という習慣は変わっていないから、使った鍋もそのままだ。来ていない事になっている三人だから、後片付けには気を使う。
 西離宮は、リィが帰ってからもずっと小綺麗に整えられていたのだ。十日に一度程度清掃に訪れる女官に不信感を抱かせるわけにはいかない。
 それでも、普段はまったく人気がなく、国王が出入りしても不自然ではないこの場所は、絶好の隠れ家にはなっていた。
 だいたい、ケリーを追うのに忙しくて、毎晩戻ってくるわけでもない。
「こうなったら、さ――」
 大きく切り分けたチョコレートケーキを幸せそうに頬張ってから、ルウが口を開いた。
「向こうから出てきてもらうしかないんじゃないかな?」
「どうやって」
「ぼく達が来てることを知れば、帰ってきてくれるんじゃない?」
「だから、どうやって。放送局でもあれば、番組ジャックでもなんでもやるけど」
 双方向の通信手段がなくても、とにかく声を届けられればいい――そこまでならばまだ一般的な考えだろうが、全世界向け放送の番組ジャックという物騒な手段を当たり前に考慮するあたり、リィの感覚は目指しているはずの一般市民には程遠い。
「それはやっぱり……」
 ルウは意味ありげにリィを見た。
「なんだよ」
「王妃様が帰ってきたとなれば、すっごい勢いで噂が広まると思うんだ」
「うむ、間違いなかろうな」
「…………また女になれって?」
「それしかないと思うよ」
 どう考えてもそれ以上の案が浮かばなかったので、リィは仕方なしに頷いた。



「結局こうなるんだったら、こうなってから知らせてくれりゃあ良かったのによ……」
 ぼやいたイヴンの視線の先には、二十になるやならずの美しい女性の姿がある。
 滑らかな頬に細い顎。豊かな胸のふくらみと腰周りの絶妙な曲線。豪奢な金の巻き毛に銀環を載せ、形の良い足は例によってほとんど剥き出しで、男ならば誰でも振るいつきたくなるような美女ぶりである。見た目だけは。
 これが昨日までは十三、四の少年だったのだから、イヴンとてぼやきたくもなるというものだ。
「おまけにこっちまでデカくなってやがるし……」
 茶器を整えていたシェラは、長くなった髪を揺らして小さく頭を下げた。
 会わせたい人がいるのだという幼馴染みに連れられて、久々に西離宮へと足を運んだのはどれくらい前だったか――開け放たれた窓から外を見やって、イヴンはその時に思いを馳せた。



 十三、四の少年――もしかしたら少女かもしれないが――が、イヴンを目にして、やあ、と笑った。
 西離宮のテラスを心地好い風が吹き抜けて、その黄金の髪を巻き上げる。
 翠緑に輝く瞳。
 美しく整った顔立ち。
 イヴンは言葉を返さずに眉根を寄せて、上機嫌の幼馴染みには目もくれず自身の記憶を探った。
 どうも見た事のある顔だと思う。ずいぶんと昔――あれはそう、幼馴染みが玉座に返り咲く前の……。
 そこまで考えてぱかりと口を開ける。
 にやりと、年端もいかない少年とも思えない不敵な笑みで、その人が聞き覚えのある台詞を口にした。
「男に戻ったら信じてやるって口癖みたいに言ってたよな。信じたか?」
「――リィ!?」
「久しぶりだな、イヴン」
「なっ、おまっ、なに……なん……」
「落ち着けよ」
「お――落ち着けるか馬鹿! なんだおまえそれ、そのっ」
「だから落ち着けって」
 イヴンのあまりの狼狽ぶりに、リィはもう笑い出す寸前だ。
 一般的な人間の反応――とまでは言えないが、国王よりは余程まともな反応である。
 どうしても言葉が出てこないイヴンは、赤くなったり青くなったりしつつ口だけぱくぱく動かしていたが、横合いからかかった声に頬を引きつらせた。
「ねえ、蜂蜜色のきれいなお兄さん」
 これも聞き覚えのある台詞だ。
「なんでそんなに驚くのさ。あっちでは時間の流れが違んだって、お兄さんも知ってるでしょう?」
 いつの間にかテラスに出て来て、のほほんとのたまう黒い天使。
「……言わせていただきますがね、ペンタスの男娼街に置いたら売れっ子間違いなさそうな色っぽい兄さん」
 地を這うような声で言ってから、イヴンは叫んだ。
「人間は普通、縮んだりしねぇんだよ!!」
「あー……あはは?」
「“あはは”じゃねぇっ!!」
 ほとんど絶叫の魂の叫びに思わず吹き出してしまった国王は、その後ずいぶん長く、思い出したようにチクチク嫌味を言われるはめになったのだった。



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―― ...2009.10.06
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
そしてイヴンと再会。

  元拍手おまけSS↓

 金銀黒の天使達は、デルフィニアに来ていない事になっている。
 そういう訳だから、西離宮を使う時は食材も燃料も持ち込みで、シェラは炊煙にまで気を使っている。
 周囲の者に知られぬよう、こっそりと酒や肴を用意して、土産とばかりに西離宮へと持ちこんだウォルとイヴンは、その様子を見て互いに顔を見合わせた。
「なあおい、ウォリー。思い出さねぇか?」
「うむ。おれもいま思っていた所だ」
「「――秘密基地」」
 声が揃って、破顔する。
 幼い頃、スーシャの森で、二人は秘密基地を作った事があった。
 父親達に知れたところで怒るような人でもなかったが、こういうものは秘密である事が肝要だ。
 食べ物や飲み物を持ち込むだけでは飽き足らず、煮炊きも出来るようにしたが、炊煙には気を使った。
 泊まり込む事もあったが、明かりが漏れないようにも充分気をつけた。
 にもかかわらず、ある冬――急な吹雪に一晩戻らなかったゲオルクが、翌朝姿を見せて一言。
「おまえ達の小屋を使わせてもらったぞ」
 なに食わぬ顔で言ったのだった。
「子供の浅知恵ってもんだよなぁ。家からあれこれ持ち出したしなぁ」
 遠い目になってイヴンがこぼす。
「そもそもあの森は、小父さんの庭のようなものだったからな。知られないで済むはずがなかったのだ」
 とっくに承知の上だったというよりも、秘密にしていた事に気付いていないようだったのが笑える。
 懐かしい記憶に二人は笑い合い、思い出話に突入した。
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