再会の宴 3
Written by Shia Akino
デルフィニアの筆頭公爵ノラ・バルロは、日中姿をくらませていた国王が戻ったとの報告を受けて、足音も荒く国王の私室に乗り込んだ。
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誰も入れるなとのおおせで――と、狼狽した衛兵が取りすがったが、サヴォア家当主を阻める者は多くない。蹴散らす勢いで扉を開き、控えの間を抜けて次の扉も無遠慮に押し開け、声を上げる。 筆頭公爵といえど他国では許されないであろう粗暴さだが、咎めるべき国王はにこにこと上機嫌で愛すべき従弟を迎えた。 「おお、従弟どの。ちょうど良かっ――」 「従兄上! 息抜きをするなとは言いませんが、行き先は告げて――」 重なった声が中途半端に途切れる。 床にまで届く大きな窓、白大理石のバルコニーへ続く窓の前にたたずむ人影、その人の髪の金色が視界をかすめて、バルロは言葉を失った。 あの小僧が現れてから、いつか来るかもしれない、また会えるかもしれないと、過度の期待を戒めつつも考えずにいられなかった相手が笑っている。 「やあ、団長」 高く澄んだ声と共に、翠緑の瞳が悪戯っぽく細められた。 見ればバルコニーには銀髪の侍女が立ち、入ってこようと踏み出した足を止めていて、バルコニーの手すりをちょうど乗り越えたところらしい黒髪の間男が、開け放たれた窓の先で珍妙な格好で固まっている。 ――何故わざわざバルコニーから出入りするのか、この鼠共は。 場にそぐわないそんな文句がまず脳裏に浮かび、混沌の淵に沈んだ。 大家の当主として申し分のない判断力と決断力を備えたバルロにとって、“言葉を失う”という経験はついぞ覚えがない。とは実は言えない。 判断にというより反応に困る唖然呆然な事態の原因が、大体において己が国の王妃であるという頭の痛い事実を、バルロは実に久方ぶりに思い出したのだった。 「あ、なたは……」 幾度か浅い呼吸を繰り返した後、ぐっと拳を握ったバルロは震える息を大きく吸い込み――怒鳴った。 「あれから一体何年経ったと思っておられる! まったく変わっていないではないか!」 嬉しそうでもなければ感動的でもない再会の第一声に、最後に会った時と微塵も変わらぬ姿の王妃が声を立ててアハハと笑う。 「そりゃそうだ。わざわざこの格好になったんだから。――団長は老けたな?」 「当たり前だ!!」 大音声で叫び、肩で息をしてから、バルロはひたとリィを見つめた。 「……王妃、なのだな?」 「他の誰に見える?」 にやりと笑うその顔は、確かに王妃のものだった。 細く、頼りなくさえ見える姿態に、不似合いなほど強い瞳。 やはり当時と変わらない侍女と間男がこそこそと壁沿いに移動して、渋面のバルロから逃れるべく国王の後ろに隠れる。それを視界の端に捕らえながら、バルロは眉間の皺を深くした。 「その姿で人前に出るおつもりか」 「人前に出るためにこの姿になったんだって。別にいいだろ? あっちは時間の経ち方が違うんだ」 悪びれないその様子にしばし沈黙を挟んでから、致し方ない、と嘆息する。 王妃が非常識なのは今に始まったことではないのだ。もはや今更である。気にするだけ損というものだ。 自分は男だと散々主張していた王妃の豊かな胸に目をやり、胸元から細腰から見事な脚線美までを無遠慮に眺めまわたあげくに、バルロはひとつ頷いた。 「女の姿であるだけまだましというものか」 普通の女性なら怒り出すか、少なくても嫌な顔をするに違いない失礼な態度だが、王妃は当然怒らなかった。目を丸くして意外の念をあらわす。 「年をとると丸くなるってほんとなんだな」 ウォルが大きく吹き出しかけて、やっとなんとか呑み込んだ。 面と向かって言うことではない上に、筆頭公爵およびティレドン騎士団長に対して言うことではもっとない。 大鷲の紋章を掲げるサヴォア家当主は、猛禽類のごとき鋭い視線を、王妃ではなく国王へと向けた。 「――従兄上?」 なんとも言い難い獰猛な笑みを向けられた国王は、大国の主たる威厳はどこへやら、冷や汗をかきつつ慌てて手を振った。 「と、とにかく座ろうではないか従弟どの!」 国王の私室はいくつかの部屋に分かれていて、居間にあたるこの部屋には軽く飲めるような設備も整っている。 西離宮での昼食の締めに飲んできたばかりではあるのだが――リィのヤケ酒に付き合ったのだ、というのが誰に聞かれるでもない国王の言い分である――バルロの顔色を見るに、ここはやはり酒だろう。 バルロにとっての最後のリィは、空に浮かび雷を放つ、天人としての姿なのだ。 不思議な力で傷を癒すところも、ボナリスを砕くところも、バルロは直接目にしたわけではない。 ただ一度、超常の力を見せつけて去っていった王妃との再会は――そして常と変わらぬ人を食ったやり取りは――それなりに衝撃だったに違いなかった。
バルロと再会。次もバルロ編続きです。
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