再会の宴 9
Written by Shia Akino
 パキラ山中は視界のシの字も確保できない暗闇に包まれる時刻だったが、ケリーには眼がある。障害物のない平原で純粋な速さの勝負であればリィに軍配が上がるだろうが、森の中ならケリーも負けてはいなかった。障害物の向こう側まで見えるその機能をフル活用して、ひたすら逃げる。海賊の本領発揮である。(ちょっと違う)
 一方、追うのが本能の一部であるリィには鼻があった。さすがに障害物の向こうまでは見えないが、星明りでも見通せる眼もある。怒りに任せてとにかく追う。
「どうして大人しく待ってなかった!」
「来るかどうかも分からねぇ迎えを延々待っていられるか!」
「来るに決まってるだろう! おれ達を何だと思ってる!」
「あんたと天使ならそうだろうが、俺は普通の人間だぞ!? 見つけられない可能性を考えて何が悪い!」
「見つけるに決まってるだろうが!!」
「可能性の話をしてるんだ!」
 普段は静かな山中に怒声のやりとりが響き渡る。
「いったい何事だ、あの騒ぎは」
 庭の向こうの大騒ぎを聞き流しつつ、明かりをつけ、特大バスケットを開いて食事の準備をしていたルウは顔を上げて破顔した。
「あ、王様。あれはねぇ……スキンシップ?」
「にしちゃあ、ずいぶん荒っぽいな。まあ仕方ねぇか」
 ずいぶん待たされたわけだしな、とイヴン。
 戻ったのなら良かった、と頷く二人は、黒髪の侍女を伴っていた。山道は暗くなると危ないからと、送るという名目で執務を半ば強制的に切り上げてきたのだ。この場の誰一人としてそんな必要があるとは思っていなかったが、それは言わぬが花である。
「おかえり、シェラ。――カリンは?」
「大丈夫です。暗くなりましたし、外に出るのは諦めたようなので――」
 お野菜は収穫時期を過ぎるとおいしくないんだそうです、と籠に盛った青菜の山を見せる。
「ああ、それで起きたがってたんだ? そういえば最近、菜園造りに凝ってるって言ってたね」
 おいしそうだ、と目を細めるルウと共に、シェラも厨房へ引っ込んだ。人数が増えたので何か作るというのだ。
 酒肴と共にその場に残されたウォルとイヴンは、手酌で一杯やりながら庭先の怒鳴り合いを聞いている。
「いったいどれだけ待ったと思ってるんだ!」
「こっちだってずいぶん待ったさ! お互い様ってもんだろうが!」
「何が待っただ、全然じっとしなかったくせに! おれがわざわざ女の格好してからだって、どれだけ経ったか分かってるのか!? 一体どこまで行ってたんだ!」
「仕方ねぇだえろうが! これでも精一杯急いで戻って来たんだぞ!?」
「はじめからそんな遠くに行くな!」
「来るかどうかも分からねぇ迎えをいちいち気にしていられるか!」
「だから! 来るに決まってるだろうが!」
 堂々巡りである。
 移動する声を追って首を廻らせながら、ウォルが呆れて呟いた。
「あんなに走り回りながら怒鳴りあっていたら、息をつく暇もなかろうに」
 夜の山中で走り回れることがそもそも驚きなのだが、そこは王妃とケリーである。
「俺としちゃあ、鳥やなんかに同情するね。安眠妨害だろう、ありゃあ」
 イヴンが言った折も折、縄張りに踏み込まれて驚いたらしい鳥の一群が一斉に飛び立った。もはや一帯は騒然たる雰囲気である。
「止めないのかよ?」
「止められると思うか?」
 下手に口を出そうものなら、確実に飛び火する。怒れる王妃の相手をする勇気はウォルにはない。
 援軍は厨房からやってきた。シェラと共に何枚もの大皿を運んできたルウが、テラスの柵に手を突いて声を張り上げたのだ。
「エディ! キング! ご飯にしようよ!」
 怒声のやりとりがぴたりと止まり、まずリィが暗がりから姿を見せた。さすがに肩で息をしながら、一時休戦だ、と背後をにらむ。
「後で絶対殴ってやる!」
「殴られるような覚えはねぇな」
 こちらも軽く息を弾ませながら、続いて現れた人物にシェラが目を見開いた。慌ててルウを振り仰ぎ、諦めたような微笑にあって苦笑を返す。
 シェラの常識は化け物仕様に調整済みなのだ。ルウとリィが了解済みなら、若すぎることくらい別に騒ぎ立てることでもない。
「うお……でかくなったなぁ、おまえ」
 頭の上から見下ろされて、イヴンは思わず一歩引いた。
 しなやかな動きで歩み寄ってきた青年は、滅多にないほどの偉丈夫である国王と並んでも遜色のない長身を誇っている。荒れた髪に縁取られた顔立ちは自信と覇気を垣間見せて鋭く整い、よく鍛えられて厳しく引き締まった体つきはどこか野生の獣を思わせた。
 見て取れる年齢はまだまだ若造なのだが、その割には落ち着き過ぎている目の色に皮肉気な笑みと快活な表情があいまって、不思議な魅力を成している。なんとも見事な男振りだ。
 これはちょっと詐欺だろうと、イヴンは内心で毒づいた。
 以前から素晴らしい美青年になるに違いないと思わせる美貌ではあったが、イヴンが見覚えているケリーは自分よりも小さい少年の姿なのだ。いきなりこんな美丈夫になって帰って来られても対処に困る。
 貫禄という点では年齢からいってもウォルに分があるが、華やかな美貌においてはケリーに軍配が上がるだろう。男の顔にみとれる趣味など毛頭ないが、どうにも目が離せなかった。雑踏の中にあっても恐ろしく目立つに違いない。
 精悍な顔がにやりと笑った。
「あんたはちょっと縮んだか?」
 当時“生意気”と評した不敵な笑みは、今では違和感のかけらもなく似合い過ぎるほど似合っていたが、違いといえばそれだけで、笑い方も声の調子もまったく変わっていなかった。
「馬鹿、おまえがでかくなり過ぎだって!」
 イヴンは笑って、思い切りケリーの背を叩く。
「ぼく達にとっては小さいよ。びっくりした。何で教えてくれなかったのさ」
 ルウが不満そうに訴えたが、それは言う方が無茶である。
「小さいか? さすがに成長期は終わったと思うんだが」
「うーん……大きさはそれくらいかな? でも若いから。なんだか小さく感じるんだよ」
 ウォルとイヴンにはよく分からない会話だ。
「小さいというが、ケリーどのはそもそも一体いくつなのだ?」
 避け続けてきた質問をウォルがあっさり口にしたので、イヴンはちょっと引き攣った。
 当たり前の返答があるとは思えないし、だからこそ避けていた質問だ。耳を塞ぎたい気分だが、もちろん興味がないわけではない。
 えーと、と言葉を濁した王妃の相棒は、右に左に何度か首を捻ってから、いくつ? と本人に目をやった。
「それなんだがな、天使。なんて答えればいいと思う?」
 ケリーが苦笑する。
 自身の年齢が答えられないとはこれいかに――。やっぱり耳を塞ぐべきだろうかと悩むイヴンの横で、リィが首を傾げた。
「七十以下って事はないよな?」
「それはうん。七十二で一度死んでるから」
「何年前だ? 十年前なら八十二だろう」
「でもそれだとおかしいよ。五年分は死んでたわけだし……こっちで過ごしたのってどれくらい?」
「ですが、この方を指して七十だ八十だというのもおかしいですよ」
「だよな。肉体年齢って意味だと……三十過ぎくらいだったか?」
「そうだけど……そういう意味なら今のキングって二十代だよね。それでいいんじゃない?」
 予想以上に訳の分からない会話である。
 ――というか、分かりたくないような気がする。
 頭を抱えてイヴンは呻き、遅まきながら耳を塞いだ。



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―― ...2009.12.30
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻りください。
実際ケリーっていくつなのか(笑)
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